[broken folktale]作 揚村 甜記

 

 

 

――――――――――

キャスト

羽山 守(ハヤマ マモル)………主人公    以降 羽山

長谷 雫(ナガタニ シズク)………羽山の馴染 以降 長谷

長谷 拓也(ナガタニ タクヤ)……雫の父親、長谷診療所の主 以降 拓也

綾本 真希(アヤモト マキ)……多重人格の少女 以降 綾本

崎川(サキカワ)……羽山の旧友、偽関西弁の使い手 以降 崎川

――――――――――       

備考

岸 (キシ)…………綾本の人格の一人、男

麻衣(マイ)…………綾本の人格の一人、女の子

――――――――――

 

 

 

 

 

 

[broken folktale]

 

田舎の駅。

大きな鞄を持って羽山が一人ただずんでいる。

手には自分が書いた台本の原稿用紙。

少し寂しそうに電車を待っている

 

羽山(時間を確認しながら)もうすぐだな。

   ……でも結局、なんで帰ってきたんだろうな……

・・・・・・。

羽山(手にしている原稿を音読する)

   こんな奇跡なんか、ただのまやかしに過ぎない。

   うーん、そうかな

   だったら……そうじゃないんならなんだっていうんだ!

・・・・・・。

羽山 うーん、よくわかんないけど。

  (原稿用紙に書き足す)

   よく、わかんないけど、もし、このまやかしがなかったら、私は約束を守れなかったよ

 

暗転

各役者が散り散りに立っている。

 

拓也 これは、ほんの些細な話

綾本 何も出来なかった愚か者と救えない犠牲者達の話

崎川 そうこれは、歴史にとっては些細な話

長谷 でも、何も出来なかった者には大切な話。

拓也 そう、これは大切な話

綾本 救えない犠牲者を救おうとした勇敢な人の話

崎川 そうこれは、彼にとっては大切な話

長谷 でも、歴史上には些細な話

 

科白を言った四人は出て行く

   

羽山 東京の大学で行き詰まり俺は故郷に帰ることにした

   電車に乗って、片道だけで十何時間とかかる遠い故郷に

   そこで、些細な、けど俺にとって大切な話が待っていた。

暗転   

アナウンスだけ響く

 

アナ まもなく風見、風見、お降りの方はお忘れ物に注意してお降り下さい。

 

電車の止まる音。扉が開く音。扉が閉まる音。電車が行く音

田舎の駅

電車から羽山が降りる。

肩には大きな鞄。

鞄を下ろして、一伸び。

 

羽山 ん~、やっとついた。

   やっぱ、東京から帰ってくると空気がいいな。

・・・・・・。

羽山 さってと、連絡入れたはずだからあいつも来るんだろうな……。

 

羽山、時計を確認しながら相手を待つ。

ほとんど、間もなく長谷が駅にやってくる。

 

長谷 ゴメーン、おくれたー

羽山 雫、一分も待っていないのに遅れたって言うのか?

長谷 それは私の問題だよー

羽山 そうか?

長谷 そうだよ

羽山 うーむ、まあそだうな

長谷 ふふ。久しぶりだね、こうやって話すの

羽山 だな。俺も東京の大学行っていて、なかなか帰ってこれなかったもんな

長谷 東京の大学か……、どう民俗学?うまくやってる?

羽山 ……まあな

長谷 あ、うまくやってないんだ

羽山 うるさい!!人が気にしていることをくどくどと

長谷 うう、くどくどなんて言ってないよ……

羽山 はあ、分かった、分かった。俺が悪かったよ

長谷 うん!

羽山 何が「うん!」だ。ったくこんなことだったら連絡するんじゃなかった

長谷 なによ、せっかく迎えに来てあげたのに「こんなこと」って言うことないんじゃないの!

羽山 別に迎えに来てほしいなんていってないだろ

長谷 私は羽山君が方向音痴だったのを心配してきてあげたのに!!

羽山 東京に住んでれば、いやでも方向音痴は直るぞ

長谷 ――!!もう知らない!!(先に出て行こうとする)

羽山 おい、ちょっと!

長谷 ……なーんてね、私だって少しは成長するんだよ。そんなにすぐには怒らないよ

羽山 なんだ……びっくりした……

長谷 ふふ、驚いた、驚いた

羽山 たく

長谷 ねえ、羽山君

羽山 どうした?

長谷 前さ、別れるときに約束、したよね

羽山 え?あう……

長谷 約束、したよね

羽山 ……したな

長谷 で、(手を出す)約束の物は?

羽山 う……

長谷 ねえ、約束の物は?

羽山 ……イキナリ修羅場だ

長谷 大丈夫だよ、殴ったりしないから

羽山 余計に怖いぞ

長谷 怖くないって、でさ約束の物は?

羽山 ……(意を決めて)悪い、実は――

 

長谷、羽山を思いっきり殴る。

羽山、吹っ飛ぶ。

 

長谷 羽山君のバカー!!

羽山 ……(気絶?)

長谷 もう知らない!!

 

長谷この場から去ってしまう

羽山は気絶したまま

……少し間

長谷やっぱり心配で戻ってくる

 

長谷 あ、羽山君……、え?あ、もしかして気を失ってる?

羽山 ……

長谷 ゴ、ゴメン!!そんなつもりじゃなかったんだよ。じゃなくて救急車!

   携帯は……持ってないよ!!公衆電話!!あ、お財布忘れた!!

   そうじゃなくて……でもないよ!!どうしよ、どうしよ、ええっと、ええっと―――

 

長谷、頭を抱えて悩む。

その間に羽山が意識を取り戻す多様に上半身だけ起こす。

長谷ちらっと羽山を見る。

羽山再び気絶したフリ。

 

・・・・・・。

 

長谷 はい、カーット

 

羽山、起き上がる

 

羽山 っち、ばれたか

長谷 そりゃね。羽山君のやることだし。

羽山 くそー、次はオリジナル未公開の展開でせめてやるから覚悟しろ。

長谷 羽山君の挑戦はいつでも受けるよ

羽山 今度は不意打ちてやったる

長谷 十分不意打ちで気絶するフリしてどうするの?

羽山 しかも! 雫が夜道を一人だけで歩いているときに背後からそーと始めてやる

長谷 うーん、気がつかないかもよ?

羽山 そこら辺、気合でカバーだ

長谷 私、そんなに気合ないよ?

羽山 大丈夫、雫なら出来る

長谷 うー、なんかバカにしてない?

羽山 そう聞こえたということは、自分はバカだと思っているのだな

長谷 違うよ、逆に頭がいいからそう感じるんだよ

羽山 ほう、そうかいそうかい

 

鐘の音

 

長谷 あ、もうこんな時間だそろそろ行こう

羽山 ……なあここって、こんな鐘あったっけ?

長谷 昔から、なってたよ。羽山君、覚えてなかった?

羽山 え?ああ、どうだったろ……

長谷 ×(ばつ)一ね

羽山 なんだよ「×一」って

長谷 羽山君が風見を忘れていることが分かったら×が増えるんだよ

羽山 それで三つたまると罰ゲームと言わないだろうな

長谷 違うよ、あと一つだけだよ

羽山 おい!

長谷 冗談だよ冗談、三回まで大目に見てあげるよ

羽山 ちなみに三回に達成すると?

長谷 (物凄く怖い笑い方)分かってるよね?

羽山 は、はい……ご承知いたします

長谷 よろしい、それじゃあ、行こ

羽山 そうだな行こうか

 

崎川ぶつぶつ言いながらが入ってくる

 

崎川(一体なんでワイがこんなことしなくちゃいけなあかんねん、

   商店街で事足りるならそうすればいいやんか、

   だいたいたった一円安いやからって隣町のスーパーまで買い物しに行かなあかんねん

   ホントよく分からないやつじゃけんうちのお袋……などと言っている)

長谷 あ、崎川君、こんにちは

崎川 ん?ああなんや長谷さん、ごきげんよ

羽山 この微妙な喋りかたは……お前、崎川か?

崎川 ん?その聞き覚えのある憎たらしい声は……

羽山 誰が憎たらしいだ、ええ誰がこの豆腐屋のガキ!(ヘッドロックでもかける)

崎川 く、苦しい……ギブ!ギブアップや!!

羽山 戦場でそんな言い訳が通用するか(解かない)

崎川 うう、その妙に理論がましい科白はやっぱり羽山やな……ってギブや、ギブ!!

羽山 (構えを解く)相変わらずの偽関西弁だなだな、崎川

崎川 そういう羽山こそ、相変わらず長谷さんの尻に敷かれてるさかいに

羽山 なぜそう見える?

長谷 そうだよ、小さいころおぶってもらったことがあるぐらいで私は羽山君の上に乗ったことなんて

羽山 あ、いや、そういう意味じゃないと思う……っで崎川こんなとこで何やっているんだ?

崎川 買い物や、隣町まで

 

羽山 長谷顔を見合わせる

 

羽山 お疲れ(肩に手をやり)

長谷 崎川君、かわいそうに(肩に手をやり)

崎川 ん?なんや?二人して

羽山 電車なら

長谷 電車なら

崎川 電車が?

羽山 もう

長谷 すでに

二人 発車しましたよ

・・・・・・。

崎川 グワシ

 

二人でがくっといく。

 

羽山 なぜそこでそういうリアクションを取る!

崎川 なぜって、それは意外性を取るためタイ

長谷 崎川君それ、熊本弁だよ

崎川 しもた、こりゃ一本取られたわ。

羽山 はあ、こいつもこいつならお前もお前か……

崎川 褒め言葉としてもらっときますわ

羽山 もちろん褒めてない

崎川 あいたた

長谷 でもどうするの、電車本当に出ていちゃったし、次来るの一時間もあとだよ

崎川 せやな、まあそう遠くにあるわけやないしこの二本の足ぼちぼち歩くとするわ

長谷 そう、ならここでお別れだね

崎川 せやな、それじゃお先に失礼いたしますさかいに御両名様まあごゆっくり再開を祝ってな、そんじゃさいなら~

 

崎川駅から出て行く

 

羽山 相変わらず嵐のようなやつだな……

長谷 久しぶりに羽山君の顔を見れて崎川君も嬉しいんだよ

羽山 そうか?

長谷 羽山君だって嬉しそうじゃん

羽山 そうか?

長谷 そうだよ、嬉しいって顔に書いてあるもん

羽山 なんだって、いつ、どこで、誰が俺の顔にそんないたずら書きを

長谷 今、ここで、私がしてあげよう(ポケットからサインペン)

羽山 や、やめろ、そんなことしたらあの人になんていわれるか分かったもんじゃない

長谷 あ、それだと余計に面白そう

羽山 しまった火に油を注いでしまった、こうなったら(鞄を背負って)逃げるが勝ち、追うが負けだ!!

長谷 あ、ひどい逃げないでよ

 

羽山 長谷の順で駅から飛び出していく

暗転

スポットを長谷に当てる

 

長谷 彼は帰ってきてくれた。

   二人の約束だけを守って帰ってきてくれた。

   私の約束との忘れていたけど、帰ってきてくれた。

   でも、気がついたのだろうか、駅のすみっこ、ほんとすみっこに

   真っ赤な、それこそ鮮血のような彼岸花が咲いていたことに

暗転

 

長谷診療所

必要最低限の物しか目に付かず綺麗な診察室

そこでカルテを持った拓也と綾本が診察(会話)をしている

 

拓也 それじゃあ、今日も診察を始めようか綾本君

綾本 はい、よろしくお願いします。叔父様

拓也 よろしい、それじゃあまず今日はどんな症状できたのかな

綾本 多重人格です

拓也 多重人格っと……(カルテに書き込む)それじゃあ、口を開けて

 

綾本口を開ける

拓也そこをライトで照らしスプーンをいれ医者の真似

 

拓也 ふんふん、(スプーンを取り出しカルテに書き込む)それじゃあちょっとジッとして

綾本 はい。叔父様

 

拓也ライトを綾本の目に当てて、瞳孔の動きを確認する

 

拓也(ライトを消してカルテに書き込む)ふんふん、瞳孔もちゃんと動いているな

  (木槌を取り出して)それじゃあ次は脚気(カッケ)でもやってみるか

綾本 はい。叔父様

 

拓也、綾本の膝を木槌でたたく

綾本の足は普通に動く

 

拓也 カルシウムも足りてるな(カルテに書き込む)

   それじゃあ、聴診器を当てるから服脱いでくれる?

綾本 いや!

拓也 ……仕方ない、それじゃあこれは後回しにして

   それじゃあ(軽く綾本の頭をたたく)痛みは感じる?

綾本 はい。叔父様

拓也 痛覚もありっと(カルテに書き込む)

   あとは、ほかに気になったことは?痺れとか目眩とか

綾本 特にありません

拓也 本当に?

綾本 そういわれると、少し目眩を感じるときはあります

拓也 その目眩を感じるときはどんなとき?

綾本 よく分からないんですけど、それとなく定期的に

拓也 定期的にか……(カルテに書き込む)どのくらいの間隔か分かるかい?

綾本 大体、二時間~三時間程度です

拓也 ふんふん、(カルテに書き込み)ちなみに一番最後に起こった目眩はいつごろ?

綾本 大体二時間前です……あ

拓也 ?

綾本 目眩がきました

拓也 ふんふん、それじゃあそのまま流れに身をゆだねるような感じで力を抜いていって

綾本 は、はい……叔父様

 

綾本スーと気を失う

 

拓也 1・2・3はい!

 

綾本気がつく(人格が入れ替わって)

 

綾本 ちょっとなにすんのよ、もう少しで服脱いじゃうかもしれなかったじゃない!

拓也 ふむ、麻衣の方が出てきたか

綾本 何が「ふむ、麻衣の方が出てきたか」よ。あんたみたいなインチキ医者に何であたしの体を見せなきゃいけないのよ

拓也 こういう場合インチキ医者ではなくヤブ医者と呼んでくれた方が言葉の響きがいいのだが

綾本 ど、どっちでも同じじゃない!とにかく、あんまり主人格の真希をからかわないでよ

拓也 あとで引っかかれると痛いしなぁ……そうしておくか?

綾本 約束できる?

拓也 どうだか

綾本 ――!!(何よその態度、いい加減観念しなさい、このオタク、マニア、真希をからかうな、等等叫んでください)

 

拓也が逃げ、綾本が追っかけまわす

そこに崎川が入ってくる

 

崎川 ちわー。なんや、えらい騒ぎやな

拓也(逃げながら)ああ、崎川君か、まあその辺にでも座っててくれ

崎川 そですか、ならまあ失礼します

拓也(逃げながら)でも、座る前に綾本君を止めてくれないか

崎川 え?綾本さんを僕が!!(メッチャ動揺)

   そうやな、ここは僕が頑張ってそして、綾本さんと……よっしゃやるで!!

 

綾本、拓也 まだ追いかけっこをやっている

崎川 手が出たり出なかったり

そこに長谷が帰ってくる

ただ物凄い勢いで駆け去っていく

 

長谷 ただいま(泣)

拓也 おお、マイドーターよ一体どうしたんだい?(追っかける)

綾本 逃がさないわよ!(追っかける)

・・・・・。

崎川 (出ていったことに気がつかない)綾本さん僕と!!ってあれ皆は?

 

羽山が入ってくる、ただ息切れ

 

羽山(肩で何回か息)崎川、雫知らないか?

崎川 お前、綾本さんをどこへやったん

羽山 ああもう誰だよ綾本って、とにかく雫を探し――

 

綾本戻ってくる

崎川すぐに反応

 

綾本 なによ、まったく!

崎川 綾本さん僕と――!!

羽山 おい、崎川。さっきから言っているが雫は――

綾本 あーー!(羽山をみて)

羽山 え?あ、誰?

綾本 兄、さん……?

崎川 何言ってるねん、やつは羽山っちゅう極悪の―――

綾本 兄さん……!やっぱり兄さんだ!

・・・・・・。

羽山 俺ェェ!!

綾本 そうよ、あなたはあたしの生き別れになった兄さん。

   悪い魔法使いから生き延びるために前世から生き別れになったあたしの兄さんよ。

   よかった、約束覚えてくれてくれたんだね。

羽山 ヘルプ、崎川

崎川 スンマヘン、英語は全く駄目なんや

綾本 生まれ変わってもまた会おうって、兄さん約束覚えてくれてたんだね

羽山 ……(頭を抱え込む)

崎川 ほんまか?羽山

羽山 ンなわけあるかい!大体苗字が違うだろ!!

崎川 いや、家族が違えばそうかなっとおもうてしもうて

羽山 で、この受信量のいい娘、名前なんての?

綾本 あ、そっかこっちにきたときの名前はまだ教えてなかったね。あたしは綾本 真希って言うの、でも今は麻衣でもうすぐ岸に変わるけど

羽山 ……崎川、説明を頼む

崎川 そやな、羽山が出て行ってからやもんな綾本さんがここに通院しているのは

   彼女は多重人格、つまり人格がいくつもあるんや。今は麻衣さんっていう女の人が出てるけどもう少しすると岸っつう男になるんや

羽山 多重人格?そんなまさか、だって多重人格って言ったら世界でもごくまれにしか例のない珍しい症状なんだぞ。しかも日本ではさらに珍しい、十年前からさかのぼっても一件見つかるか見つからないかぐらいの珍しい症状なんだぞ

崎川 でも、羽山も彼女の変身ぶりを見たら信じると思うで、それにここは――

羽山 やめろ!!それ以上言うな!!それ以上言ったらお前の命が危ない!!

綾本 兄さん、どうしたの?

崎川 せやったな……わいとしたことがついうっかり。いやー危なかったわ

綾本 崎川君、どういうことなの?「それにここは――」って、なんなのよ

崎川 綾本さん……すまへん、こればっかしは、綾本さんでも話せへん

綾本 じゃあ交換条件出ってことでどう?

崎川 え?どないな?

綾本 そーね、なら崎川君が「それにここは――」の続きを教えてくれるのなら――

崎川 これだけは何があっても譲れへん

綾本 ……デートしてあげるわ

 

・・・・・・。

 

崎川 ええーと、それを語るなら――

羽山 決心崩れるの早すぎ!

崎川 条件が良すぎたんや、すまん羽山

羽山 ……はあ、なら向こうで話してくれるか?俺は意地でも聞きたくないからな

崎川 ホンマすまん、それじゃあ綾本さんあっちで教えますんで

綾本 じゃあね、兄さん。また今度

羽山 ああ、また今度……?

 

崎川 綾本部屋を移動する

残った羽山は鞄を置きいすに座る

すぐに拓也が入ってくる

 

拓也 きさま!!よくも私の愛しい愛娘を傷物にしてくれたな!(肩でもつかんで)

羽山 落ちついて、イキナリなんですか

拓也 きさまが!!きさまが!!私の愛しい愛娘を!!

羽山 落ちついてくださいおじさん!

拓也 私はいたって落ち着いているよ、これほどというまでに、はははは

羽山 しかたない……(鞄からハリセンを出す)とりゃ!!

パン!!

拓也 ん?私は一体……ああ思い出した。これは守君じゃないか。いつ帰ってきたんだい?

羽山 つい数時間前ですよ。お久しぶりです、相変わらずですね

拓也 そういう君こそ相変わらずいいもの持ってるじゃないか

羽山 恐縮です

拓也 ところで帰ってきて早々なんだが、なんで私の娘が泣いているんだ?

羽山 すみません。多分俺のせいです

拓也 そうか……そうか!!君が私の愛しい愛娘をたぶらかしたのだな!!!

パシ!

拓也 はっ!すまない。つい感情が高ぶるとどうにも押さえが効かなくてな

羽山 承知のことですから

拓也 いやはや、特に娘のことになるこう!こう!!血が騒いでね!!!そうさわいで――

パン!!

羽山 精神安定剤、飲んでからにしてください

拓也 そうだな、では一粒(でポケットに入っている常備薬を飲む)

羽山 で、雫が何で泣いているのか、でしたよね

拓也 ああ、さっき君は「自分のせいだ」と言ってたけど一体何が、何があったんだ!

羽山 落ち聞いて下さい、話は簡単なんです。俺が雫との約束を忘れていたから、俺が何も覚えてないくてのこのこ帰ってきたから――

拓也 君は……君ってやつは、きさまは!!一体何の――

パン!!

拓也 すまない、しかし、久しぶりだなこうして感情が高ぶるのは

羽山 俺がいる時はいつも高ぶっていますけどね

拓也 そうなんだよ、君が……きさまが私の愛し―――

パン!

羽山 もう一錠飲んでください

拓也 そうだな、ではもう一粒(再び)

羽山 雫の話はまたあとにしませんか?どうも落ち着いていない見たいですし

拓也 確かに私は落ち着いていないな、仕方ないこの話題はあとで聞こうとしよう

羽山 そうしていただけると俺も助かります

拓也 そうしていただけると……?つまりきさまは―――!!!!!

パン!!!

羽山 いい加減にしてください!

拓也 そうだ、いまので思い出した、君に頼まれた民話の資料なのだがとりあえず集めておいたよ

羽山 あ、そういえば、頼んでましたね、ありがとうございます。こっちに来ていろいろあったからすっかり頭から消えてましたよ

拓也 君は……きさまは!!そんなになるまで私の愛娘を――!

パン!!

羽山 何をどうやったらそんな結論に達するんですか!

拓也 すまない、どうも君を見てるをそんな感じがしてたまらないんだ

羽山 とんでもない勘違いですよ。それで民話の資料のことなんですか……

拓也 ああ、そうだったね。ちょっと待ってくれ

 

拓也、奥に引っ込む。

すぐに資料を持って帰ってくる。ただトランスして

 

拓也 きさまは!!きさまってやつはよくも私の愛しい愛娘をよくも傷物にしてくれたな!

パン!

羽山 帰ってくるなり、イキナリなんですか

拓也 いや、資料を取ってくるついでに娘の部屋の前を通ったのだかそこで娘の泣き声が聞こえてきたのだよ

   羽山君のバカ!!羽山君のバカ !!羽山君のバカ!!……(エコー見たいな感じ)

・・・・・・。

拓也 羽山君のバカー!!(殺す気で)

パン!!

羽山 あなたが雫のようになってどうするんですか!!

拓也 すまない、しかし娘がそう連呼してるとなると、そうとう……

羽山 勘違いです!!資料!!民話の資料!!見せてくれるんじゃないんですか?

拓也 そうだった、これがその資料なんだが調べてみると意外と面白いものだね、私も少し研究してみようかな?(資料を渡す)

羽山 やってみればいいじゃないですか、でもそれは診療所の営業にさしつかいないほどにしてくださいよ

拓也 ……やっぱり、やめておこう。娘に怒られる

羽山 そうですよその方が賢明ですよ

拓也 そうのようだね。でもまあ、何かあったらなんでも言ってくれ、

   私の愛しい愛娘のこと意外だったらなんでも相談に乗ってあげようじゃないか

羽山 ありがとうございます。

拓也 それじゃあそろそろ、夕食時だな。どうだい?いっしょに?

羽山 そうですか?あ、いやでも遠慮しておきます

拓也 そうか……やっぱりきさま!!私の愛娘に何か良からぬことを――

パン!!

拓也 すまん、でもまあ本当に何かあったら連絡をくれ

羽山 分かりました、それじゃあ

 

羽山出て行く

拓也出て行ったあとタバコに火をつけ、一服(出来ない場合はため息一つ)

暗転

 

羽山にスポット

羽山 あの人からもらった民話の資料は不思議なものばかりだった。

   犬神使いの話、天使の肩書き話、不思議な姫の話、猟師の話、など等

   中でも一番俺が興味を持ったのは一つの童話「彼岸花」だった

   まるで俺のことを警告しているような

   確かに忘れてた。いろんなものを忘れてた。

   町の匂い、町並み、旧友。

   約束、俺が雫と何を約束したんだ?

   思い出せない……。

   思い出したところで何も変わらない。

   でも気になる……。

   彼岸花が咲き乱れるあの丘……あんなとこがあったのか?

 

暗転

左右に語り手を照らす(出来れば崎川と綾本)

そして一つの民話「彼岸花」を語りだす

 

語a 昔々、とある田舎の町に一人の少年と少女がいました。

語b 二人は毎日のように遊び、話、時々悪戯をしたりして楽しく過ごしていました。

語a 少年には夢がありました。旅に出ていろいろな世界を大きな町を見て回るという夢が

語b 少女にも夢がありました。この町に残って願わくば少年とのんびり暮らしたいという夢が

語両 月日は流れ、二人とも大きくなりました

語a 大きくなった少年は旅に出ようとしました。

語b それを知った少女は必死に少年を止めました。

語a それでも少年は外の世界を見に出かけようとするのをやめようとはしません。外の世界のことを話す少年の目はいつも輝いていました。

語b 少女は諦めました。その代わりに少女は一つ約束をしました

   「一度だけ、一度だけでいいからこの町に帰ってきて」と

語a 少年はうなずきました。

語両 月日はさらに流れます。

語a 少年は旅に出ていろいろな世界を見て回りました。

語b 少女はひたすらにずっと少年の帰りを待ちました。まって、まって、帰ってこなくて、それでもまって、まって

語両 ゆっくりと月日が流れ。

 

場面に明り

風見が丘の回想

彼岸花が咲き乱れるこの丘に長谷と羽山が訪れる

 

長谷 ねえ、羽山君?ここのこと覚えてる?

羽山 ……まあな

 

語a 少年は帰ってきました。少女は喜びました。しかし、少年はこの生まれ育った町のことをなにも覚えていませんでした。なにも、約束したことも、なにも、なにもかも

 

長谷 あ、もしかしてわすれ、てる……?

羽山 わ、忘れてなんかいないぞ、ほらここでよくかくれんぼして、鬼ごっこして

長谷 うんうん

羽山 それにあと……ほら、雪合戦とかしたろ

長谷 うんうん、……ちなみに全部はずれだよ

 

語b 少女の深く悲しみました。少女はそれとなく話をして、少年の記憶を呼び戻そうとしました。

 

羽山 なに!

長谷 だってここに一緒に来たのは一度だけだもん

羽山 ……風見で長い間過ごしていたのに一度しか来なかった?

長谷 そうだよ、やっぱり覚えていないんだね……

羽山 ……悪い、帰ってからこんな調子で

長谷 約束も忘れられちゃったしね

羽山 ……悪い

 

語a しかし、少年は何も思い出しませんでした。

 

長谷 崎川君、変わったでしょ

羽山 確かに、あのしゃべり方まで変わってたら俺じゃ分からなかったな

長谷 時間ってやっぱり流れるものなんだね

羽山 ああ、不思議だな

長谷 でも、羽山君も変わったよ

羽山 そうか?

長谷 大きくなったもん

羽山 まさかそれだけじゃないだろうな

長谷 ふふ、ねえ、羽山君

羽山 話を変えようとするなよ

長谷 ×二だよ?

羽山 うう……

長谷 そうだねぇ~、×三になったら何してもらおうかな……

羽山 うう……でも一度しか行ったことのない場所なんて卑怯じゃないか

長谷 ……卑怯?

羽山 そう、卑怯だ、だいたい一度しかきたこともないのに覚えている方がおかしいんだ。普通覚えていないもんだろ、冗談じゃない!

 

語b 少女は疲れ、傷つき、そして……

 

長谷 ……冗談、じゃない……それはこっちの科白だよ!!

羽山 え?雫?

長谷 羽山君のバカ!バカで朴念仁のボケ老人!!

   覚えていてくれてたっていいじゃないの!!約束した場所なんだよ、ここで私達約束したんだよ

   思い出してよ!! なんで思い出してくれないの?羽山君のバカ!!

羽山 バカバカ言うなよ、俺だって東京で忙しくて――

長谷 東京がなんなの?いくら忙しいからって約束忘れるほど頑張っているようには見えないよ!!

羽山 なにを、人が黙ってれば言いたいほうだい言いやがって!

長谷 約束忘れた羽山君には言われたくないよ!!

羽山 それはさっき謝ったろ

長谷 さっき謝った?それじゃあ、私は謝る言葉だけを聞くために待っていたの?

羽山 覚えてないものはしょうがないだろ!

長谷 思い出してよ!

羽山 悪かったって。侘びに何か奢るから

長谷 ――!!羽山君のバカ!!(一撃で羽山沈む)もう、絶交!!バカ!!

 

長谷走り去っていく

羽山起き上がり、雫の走ったほうを見つめる

暗転

 

語b そして……少女は丘から身を投げました

語a それを知った少年は何故か泣きだしました。知らないはずの少女のためにナイテ、ナイテ、ナイテナイテナイテナイテナイテナイテ

   少女が身を投げた丘の上でナイテ、ナイテ、ナイテナイテナイテナイテナイテナイテ

語b いつしか少年の涙は一輪の花を育てていました。真っ赤な、それこそ鮮血のように赤い、一輪の彼岸花

語a その彼岸花を見てはっと少年は全部ここであったことを思い出しました。

語b この町のこと、一緒に遊んだ少女のこと、そして、少女と交わした約束のこと。

語a 少年は再び泣きました。

   自分はなんて愚か者なのだろうとナイテ、ナイテ、ナイテナイテナイテナイテナイテナイテ

   一輪の彼岸花を見ながらナイテ、ナイテ、ナイテナイテナイテナイテナイテナイテ……ナキカレテ

語b いつしか少年の涙は枯れてしまいました。

語a ふうっと少年の頬を一陣の風がなでました。

語b「おかえり」その風に乗って少女の声が少年には確かに聞こえました。

語a 少年は顔を顔を上げました。

語b そして誰もいない空に向かってポツリと「ただいま」と少し寂しそうに言いました。

語両 真っ赤なそれこそ鮮血のように赤い彼岸花はゆらゆらとその場にたたずんでいました。

 

暗転

黄昏時、さっきの診療所

拓也が一人で何かカルテに書いている

ふと、トイレで立ち上がる

拓也が出て行ったあと、崎川と綾本が入って行ってくる

 

綾本 すみません崎川さん、なんか私、記憶が飛び飛びなもので

崎川 気にせんどいてな、僕もなんやいろいろ楽しかったし

綾本 楽しかった?

崎川 あ、いや。こっちの話や。それより、綾本さん

綾本 なんでしょう?崎川さん

崎川 その……なんや、崎川さんちゅうのやめてくれへんか?

綾本 ならなんてお呼びいたしたらよろしいのですか?

崎川 崎川様なんてどうや?

綾本 崎川様?

崎川 ……やめよ、僕そこまで偉くないし

綾本 なら、なんてお呼びいたしたかよろしいのですか?

崎川 そやな、呼び捨てでいいで

綾本 呼び捨てはちょっと抵抗があります……

崎川 なら、君づけで呼んでくれや

綾本 崎川君?

崎川 うん、そっちのほうが落ち着く、

   それとなんや、僕と話しとるときは敬語使わんでくれ、そんな歳離れてるわけやないんやし気楽にいこう、な?

綾本 分かりました、崎川さん

崎川 そこ!いってるそばから、使ってる

綾本 すみません……

崎川 まあ、そう落ち込まんと、気長にやってけばいいんやから

綾本 ありがとうござ……いえ、あり、がとう?

崎川 そやそや。なんや普通に出来るやないか

綾本 そうですか?

 

拓也が入ってくる

しかし、二人の様子を見て即退散

 

崎川(一瞬気配を感じて)なんや?……気のせいか

綾本 どうしたんです……いやどうしたの?

崎川 いや、今誰かの気配が……

綾本 気のせい、じゃないの?

崎川 そやな、たぶん気のせいや

・・・・・・。

崎川 ところで綾本さん

綾本 なんでしょうか

崎川 あの、僕なんかでよかったんですか?

綾本 いくら覚えのない約束でも、一度はしたものです。

   それに私は崎川さ……いえ、崎川君のことを嫌いなわけじゃないし、断る理由がありません

崎川 ……おおきに

綾本 それはこちらもですよ。いつもいろいろご迷惑をおかけしちゃって

崎川 いや、それは……

綾本「いや、それは……」なんです?

崎川 別に……何もあらへん

・・・・・・。

綾本 崎川さんって好きな人います?

崎川 え?な?はい?へ?なんやイキナリ

綾本 そうですか……何方ですか、そのお相手は?

崎川 いや、僕は何も答えてないんですか……

綾本 雫姉さんですか?姉さんは羽山さんという方をずっと待っているからダメと思いますよ

崎川 いや、僕は――

綾本 違うんですか?なら、このあいだ来た信濃さん?彼女はもう付き合ってますよ

崎川 ですから、違いますって

綾本 まさか!拓也叔父様と……

崎川 ワイにそんな趣味はない!!

綾本 そう向きになるところがますます――

崎川 ワイが好きなのは君や!!

綾本 玉子の黄身ですか?それはまた不思議な趣味を―――

崎川 はぐらんと、ワイがすきなのは君や、綾本 真希や

・・・・・。

綾本(動揺)わ、私ですか……

崎川 そうや、ワイは君のことが好きや、メッチャ好きや

綾本 で、でも、私、鈍いですし、すぐ約束忘れちゃいますし、可愛くないし、なんか世間知らずですし、

   崎川さんには釣り合いませんよ……

崎川 そんなことどうだっていいんや、ワイは君を一個人、綾本 真希として好きなンや。

綾本 で、でも、でもですね

崎川 誰がなんと言おうとそれだけは譲れへん。

   ホントはもう少し時間がほしいんやけど、言わせてな、綾本さん、僕、いやワイと付き合ってくれ!!

綾本 ……すみません、少し、時間を下さい……頭の中が真っ白になってしまって……

崎川 すぐにとは言わへんよ、ワイも待ってるから

綾本 はい……

崎川 もう、こんな時間や……それじゃあ、綾本さん。おおきにな

綾本 はい……

 

崎川出ていく

入れ替わりに拓也が入ってくる

 

拓也 さって、仕事仕事

綾本 叔父様!もしかして聞いていました?

拓也 何のことかな?私は崎川君が綾本君に告白したことなんて聞いたことも見たことも

綾本 やっぱり聞いていたんじゃないですか……穴があったら入りたいです

拓也 そのような穴が開いてたら仕事にならんよ

綾本 比喩です!……はあ

拓也 ため息は不幸の元、あまりお勧めはしないな

綾本 こうなってしまってはつきたくもなります……はあ

拓也 何を悩んでいるのだね

綾本 自分が怖い……

拓也「自分が怖い……」それはつまりどういう意味で言っているのかな?

綾本 自分が怖い……時々自分が何をしているのか分からない時間が……その時間に崎川さんに何を言ったか分からない自分が怖い。怖い……今までもそうだったのに今になって物凄く怖いんです。

拓也 彼を傷つけたくないのかな?

綾本 分かりません、でも何か急に怖くなってきて……

拓也 怖い……か、その怖さは心霊体験などで沸いてくる怖さかな?

綾本 たぶん、違うと思います……。でも、その怖さに押しつぶされそうで……

拓也 押しつぶされそうで、か……。ふむ……ここはもう一人助っ人を呼ぶとしようちょっと待ってくれたまえ

 

拓也診療室の奥に入っていく

そして、雫をよんで帰ってくる

 

長谷 ちょっとお父さん、いきなり何?

拓也 この問題は私では少し答えにくいのでな。雫、頼むが彼女の相談に乗ってやってくれないか?

長谷 ……わかったよ

拓也 助かる、では私は書斎で仕事をしているから何かあったら呼んでくれ

 

拓也 書斎へ

 

綾本 お願いします。姉さん

長谷 こちらこそ、それで真希ちゃんどうしたの?

綾本 ……自分が、怖いんです

長谷 うーん、何で自分が怖いのか具体的に言ってもらわないとよく分からないよ

 

拓也戻ってくる

 

拓也 そうだ、言い忘れてたが彼女は崎川君に告白されたらしい、以上

 

拓也出て行く

 

長谷 そうなの?

綾本 ……はい

長谷 それと関係してるのかな?自分か怖いのと

綾本 よく分からないんです……。ただいままで気にしなかったことが急に怖くなって

   今までそんなに気にしなかった、記憶のトビが、人格の入れ替わりが怖くて……

   自分の人格が崎川さんに迷惑をかけていないのか心配になってしまって

   ……怖い、それだけじゃない気がするのですけど押しつぶされそうに怖いんです

長谷 なるほど。でも、ほかの人格の人たちとも話はしたことあったけど彼らも協力的な感じだったけどな

綾本 それでも、自分の時間がなくなっているのは怖いんです。いままで気がつかなかったけど怖くなってしまったんです

長谷 そう。その無くなっている時間の間に崎川君が傷つくかもしれないのが怖いの?

綾本 そうのかもしれません……でも……やっぱり分からないのです

長谷 いま、どんな感じかな?

綾本 それは、どういう意味です?

長谷 そのまんまの意味だよ。良くあるのは胸が痛いとかどきどきするとかかな?

綾本 いっぺんにいろいろ起こって頭の中がぐるぐる回ってよく分からないです

長谷 それでいいんだよ。イキナリそんなこといわれたら私だって混乱しちゃうもん

綾本 姉さんもですか?

長谷 うん、きっとそうなるな。ねえ、真希ちゃん。真希ちゃんは崎川君をどう思ってるの?

綾本 どうって言われましても……

長谷 わからない?

綾本 ……はい

長谷 うーん、じゃあ崎川君ってどんな人か言える?

綾本 ……それも、分かりません。なんと言うかうまく表現できないんです

長谷 そう。でもそれで普通だと思うよ。

綾本 え?でもそれじゃあ

長谷 逆に表現できちゃうと、ギャップが見つかったときちょっとつらいよ

綾本 そうなのですか?

長谷 そうだよ。それなら初めは何も分からなくていいと思うよ

綾本 でも、それじゃあ崎川さんに迷惑なのじゃあ

長谷 大丈夫だよ、告白したのは崎川君のほうなんでしょ?

綾本 はい

長谷 なら、崎川君が自分で自分はどんな人なのか見せてくれるよ

綾本 そうなのですか?

長谷 多分そう、それじゃなくちゃ別れたほうがいいと思うよ

綾本 そんな極端なこと…

長谷 でも、多分崎川君も真希ちゃんのことをほとんど分かっていないよ?

綾本 なら、何で私なんか……

長谷 うーん、それは本人に聞いてみないと分からないよ

綾本 そうですか

長谷 でも、仮にも付き合うなら、自分もちゃんとどんな人なのか見せてあげないといけないと思う。

綾本 自分を見せる……

長谷 そう、そして互いに分かり合う、それが付き合うってことなのだと思うよ

綾本 それは分かるのですけど

長谷 やっぱり、考え方が古いかな?

綾本 そんなことありません!

長谷 ありがとう。どう少しは怖くなくなった?

綾本 はい、でも……

長谷 別の人格の人たち?

綾本 はい……私は彼らとは話せないから……

長谷 相談したい?

綾本 はい、出来れば……

長谷 直接は無理だけど、私が仲立ちをしてあげようか?

綾本 やってくれるんですか

長谷 もちろんだよ

綾本 ありがとうございます!姉さん!!

長谷 別にいいよ

綾本 それじゃあ、私明日までにいろいろ言いたいことを考えてきます

長谷 そだね、じゃあその話は明日ってことにして今日はご飯食べて寝よ?

綾本 はい!

 

綾本にスポット

 

綾本 昔の私は時間のトビに逃げていた。

   最初の時間のトビは家族に期待されそれを裏切ってしまった日。

   哀れみの目線、疎外の目線、それを感じるようになってからだ。

   時間が……トンダ。

   初めは怖かった……でもトンダ時間はやな思いをせずにすむ、そう思うとなんだか気が晴れた

   時間が飛ぶのはコワイコト、そういう認識が薄れていった……。

   でも、もうこれ以上は逃げたくない!私を私として認めてくれる人がいるから

   

暗転 

風見が丘(夜)

彼岸花が咲き乱れている

そこに羽山が崎川と待ち合わせをしている

 

羽山 ……遅い、まあ確かにここを指定したのは俺だが……遅すぎる

 

羽山何度か時計を確認少しして崎川がやってくる

 

崎川 すまん!羽山、ちょっと親父に捕まっててな遅れてしもた

羽山 いいさ、俺だって暇だったんだ。こんな暗い中で何時間も待たされたらそうしようかと真剣に考えてたとこさ。

崎川 もしかして、むっちゃ怒ってる?

羽山 もちろん

崎川 ホンマすまん!あとでちゃんと埋め合わせもするさかいに許してや

羽山 分かった、そこまで言うんなら許してやるよ

崎川 ホンマか!おおきに

羽山 埋め合わせ、期待しとくぞ

崎川 鬼

羽山 誰が鬼だ誰が!(ヘッドロック)

崎川 撤回!!前言撤回!!

 

羽山崎川を解く

 

崎川 ぐへ、し、死ぬかと思ったわ

羽山 そういうことを言うお前がいけないだろ

崎川 精進しますわ

羽山 っで、そろそろ本題を聞かせてくれよ、まさかこんなことするために、こんな時間に呼び出したんじゃないのだろ?

崎川 そうやった、実わな、羽山……

羽山 実はどうしたんだよ

崎川 実は――

羽山 実は?

・・・・・・。

崎川 グワシ

・・・・・・。

羽山 帰る

崎川 待ってくれタイ!今度はちゃんと話すから

羽山 ……初めっからそうしときゃいいんだよ

崎川 いやな、妙に雰囲気が重いと思ってな

羽山 余計なお世話だ。っで、一体なんたってこんな時間に呼び出したんだ?

崎川 実はな、ワイ、綾本さんにコクったんや

羽山 綾本さんって……あの受信感度のよさそうな娘か?

崎川 受信感度云々はあえて言わんが、そうや。っで彼女いきなり困惑してしおれて、もしかして悪いことしたんとちゃうかなって思ってな

羽山 それで、俺に何をしろと?

崎川 なあ、そんな時羽山やったらどうする?

羽山 ……まず聞きたい、なんでその相談役が俺なんだ?

崎川 いやな、こんな田舎町じゃ噂はすぐ広まる。せめて、噂が広がる前に綾本さんの気持ちを聞いときたいんや

   そうなると身内は当然駄目、もっぱら頭数に入れとかんかったし、長谷一家も駄目や、あそこは綾本さんに近すぎる。そうなってくると、身近に相談できるやつがおらへんのや。そこで羽山お前がいた。

羽山 つまり、誰と接触しても無難に二、三日過ごせる奴っていったら俺だけだったって訳か

崎川 そんなとこや

羽山 何で俺を呼んだのは分かった、それでなんだったけ、言いたいことって

崎川 おおきに。それで綾本さんに悪いことしたんちゃうかなと思ったわけなんやけど

羽山 お前が綾本さんにコクってか?

崎川 そうや、やっぱ悪かったかな

羽山 ……お前バカだろ

崎川 な!なんや、いきなり

羽山 あのな、それじゃあ。何でコクったんだよ

崎川 その場の雰囲気もあったけど……やっぱり彼女と話してて彼女のことがもっと知りとうなったからからや

羽山 なら、そのまんま知ろうとすれじゃいいじゃないか

崎川 さっきもいったやないか、彼女ワイにコクられて、困惑しとったって

羽山 誰でもそうなるぞ、親しいだろうがそうじゃなかろうが、「付き合ってくれ」なんか言われたらだれったって困惑するさ

崎川 そうか……?

羽山 そうだ、だからこれは普通のことだと思っていいと思うぞ

崎川 そか、おおきに。すこし気分が晴れとうわ

羽山 そうか、ならほかにないんなら、俺は帰るぞ

崎川 ちょっとまち!もう一ついいか?

羽山 ああ、いいが

崎川 仮に付き合うとして、ワイは綾本さんにどう付き合えばいいんや?

羽山 はあ、それは彼女のいない俺へのあてつけか?

崎川 あ、すまん。そういうつもりで言ったんやないんや

羽山 まあ、いいさ。そこまで気にしてないしな

崎川 それで羽山はどう付き合えばいいと思う?

羽山 ……崎川、お前綾本さんのことどう思ってる?

崎川 ……好きや。もっと彼女のことをいろいろ知りたい、そうおもっとる

羽山 そうか。それなら、お前は綾本さんがどんな人間だか言葉に出来るか?

崎川 そりゃ……えっとやな……やっと

羽山 言葉に出来ないだろ?

崎川 うう、悲しゅうなってきたわ

羽山 まあ、別にそれでいいとおもうぞ

崎川 そっか?

羽山 そう、むしろ中途半端に相手のことを分かってると自分の思っている相手と本物の相手との違いに愕然とするときがあるからな

崎川 なるほど、たしかにそないんかもしれんな

羽山 まあ、最低限度、相手は自分を見せてくると思うぞ

崎川 自分を……?

羽山 ああ。自分はどういう奴なのか、実はこういうことが出来るとか、

   相手に自分がどういう奴なのか分かってもらおうとするんじゃないか?

崎川 そうか?

羽山 まあ、あくまで確証ないけどな。

   そうなるとお前も自分を見せたほうがいいんじゃないか?

   そうすれば、少しは相手も自分のことをわかってくれるとおもうぞ

崎川 なんや、そないな感じがしてきた

羽山 多分、それでいいんだと思う、お互いに相手もことを分かり合う、恋愛ってそんなもんじゃないのか?

崎川 ……

羽山 やっぱ、古くさいか、この考え

崎川 古くさい、はっきり言って古すぎや、でも学ぶもんもあるんやな

羽山 そりゃおおきに

崎川 ワイの科白や

羽山 そうだな

・・・・・・。

崎川 なあ、羽山

羽山 なんだ

崎川 羽山は長谷さんと付き合ってると?

羽山 付き合ってない!だいたい腐れ縁で高校まで一緒だったんだ、勘違いするなよ

崎川 でも今日の長谷さん機嫌良かったのにな、家に帰ったとたん悪うなってた。羽山やっぱおのれが何かやったとちゃう?

羽山 それは……いや別に何もない

崎川 ホンマか?

羽山 ……まあな

崎川 まあそんな追求する気もあらへンから、聞かんかったことにしてや

羽山 安心しろ、もう忘れた

崎川 はや!

羽山 高校時代の俺の二つ名を忘れたか?

二人 物忘れの天才!

羽山 まあ、あまり嬉しくない二つ名だったがな

崎川 確かに、ちゃんと教師ににらまれとったしな

羽山 懐かしいな、市井とか岡本先生とか相変わらず元気なのか?

崎川 相変わらずや、元気元気で物足りなさそうや

羽山 そうか……

崎川 ほかにも、演劇部の面々も相変わらずやな

羽山 そういえば演劇部で今は誰がこの町に残っているんだ

崎川 羽山以外全員や。時々近くの役所で演劇しとるよ。お前の書いた台本もちょくちょくオンエアーしてるで

羽山 佐藤も小林もここにいるのか

崎川 まだ知らせてないけどな、そのうち噂きいてやってくるんやないか?

羽山 そうかもしれないけどな、適当にしたらまた東京に戻るから会わないかもな

崎川 そっか、東京に帰るんやな

羽山 ああ。

崎川 また、少し寂しくなるな

羽山 俺なんかいなくたって、別に寂しくないだろ

崎川 いや、長谷さんの方が問題なんや

羽山 雫が?どうして

崎川 いやな、高校卒業して羽山がこの町を出た次の日に家出したんや、彼女

羽山 マジか……

崎川 マジやマジ、二日間ぐらい誰も見てない音沙汰もないでな、確か……そや、ここで見つかったんや

羽山 ここ、でか?

崎川 そうや、ここ。っで、初めて見つけたっちゅうやつの話だとかなり衰弱しとって、

   手には何故かほらここに咲いとる彼岸花を握ってたって言とったわ

羽山 彼岸花を……

崎川 そういや、それからやったかな、ここに彼岸花が咲き乱れるようになったんは

羽山 そう、か……、だから俺、ここに覚えがなかったのか、分かった!思い出した!!

崎川 なんや?

羽山 いや気にするな、ちょっと些細なことを思い出しただけだよ。

崎川 いま、やっとことさ、高校時代に約束してすっかり忘れとうた、青臭い約束でも思い出したんか?

羽山 ……まあ、遠からず近からずだな

崎川 実は図星?

羽山 まさか。でも変わったなここも

崎川 そっか、もう結構経ったんやもんな

羽山 そうだな、もう結構経ったんだな

・・・・・・。

崎川 それじゃあ、そろそろ帰るわ、親父も怒りだすとアカンしな

羽山 そうだな……それじゃな

崎川 おう、それじゃな。長谷さんとはちゃんと仲直りしとけや

羽山 おうよ、ってお前何で――

崎川 はははは、それじゃあな

 

崎川、さっさと出て行く

 

羽山 ったく、俺も帰るか

 

羽山出て行く

暗転

左右に語り手

そして語り手が一つの民話「彼岸花」を語りだす

 

語a 昔々、とある田舎の町に一人の少年と少女がいました。

語b 二人は毎日のように遊び、話、時々悪戯をしたりして楽しく過ごしていました。

語a 少年には夢がありました。旅に出ていろいろな世界を大きな町を見て回るという夢が

語b 少女にも夢がありました。この町に残って願わくば少年とのんびり暮らしたいという夢が

語両 月日は流れ、二人とも大きくなりました

 

場面に明り

風見が丘

でも、まだ彼岸花が咲いていない緑の丘

そこに長谷と羽山がやってくる。

 

長谷 羽山君こっちだよ

羽山 はあ。雫、標高何万メートル登らせる気だ、マジで疲れたぞ

長谷 たった三キロ歩いただけだよ?そんなに疲れた?

羽山 いや、冗談。それよりどこに行く気なんだ?ここらへんは地盤が危ないからあまり近寄るなって言われたろ

長谷 大丈夫だよ。何度もここに来てるけどそんなことなかったし

羽山 ならいいけど

長谷 ほら着いた、どう羽山君?いい景色でしょ

羽山 へえ、確かに。こんなとこがあったんだな

長谷 いいでしょ、風見全体が見渡せるんだよ

羽山 お、あそこに高校がある

長谷 あっちには中学校と小学校。ホント早かったね

羽山 そうだな、あっという間だったな

 

語a 大きくなった少年は旅に出ようとしました。

 

羽山 俺さ、この町でて東京の民俗学の大学に行こうと思うんだ

 

語b それを知った少女は必死に少年を止めました。

 

長谷 でもそれじゃあ、風見から出て行っちゃうの

羽山 ああ、そういうことになるな

長谷 で、でもそれじゃあ羽山君の両親は?

羽山 俺に合わせて、転勤するらしい。ま、俺は一人暮らし希望だけどな

長谷 そう。でも外に行くのって怖くない?

羽山 雫はそう思うのか?

長谷 え?私?

羽山 そうだよ、ほかに誰がいるってんだ

長谷 私は……やっぱり怖いよ、なんていうか知らないとこに行くってのが妙に怖いんだよ

羽山 ま、誰でもそうだろ

長谷 羽山君もそうなの?だったからやっぱりこの町に残りなよ

羽山 でもな。怖いに勝って俺はもっといろいろな物が見てみたいんだ

 

語a それでも少年は外の世界を見に出かけようとするのをやめようとはしません。外の世界のことを話す少年の目はいつも輝いていました。

 

長谷 でも、それだったら写真でもいいんじゃない?

羽山 有名な建築物とかさ写真でいつも見てるけど、やっぱり本物を見てみたい、そう思うときがあるんだよ

長谷 確かに、それはあるけど、でも

羽山 でも?

長谷 でも、なんていうか、その、さ。やっぱり私は怖いよ

羽山 ふうん、でもお前の将来どうするんだよ

長谷 私はお父さんの診療所を継いでいこうと思うよ、ここにはなくちゃいけない場所だから

羽山 やっぱあの人の診療所を継ぐのか。でもそうなるとやっぱりこの町から出て行かないといかないんじゃないじゃ?

長谷 それは心配らないよ、ほらお父さんだってヤブだし

羽山 そういう問題か

長谷 でも、やっぱあるのとないのとでは違うと思うよ

羽山 ……絶対に俺は行かないからな

長谷 うー、それってバカにしてる?

羽山 そう聞こえたんなら、それは自分がバカと感じているんだな

長谷 違うよ、逆に頭がいいんだからそう聞こえるんだよ

羽山 そうだよな、卒業式の答辞をしたんだもんなお前

長谷 そうだよ、羽山君より何倍も頭がいいんだから 

 

語b 少女は諦めました。その代わりに少女は一つ約束をしました

   「一度だけ、一度だけでいいからこの町に帰ってきて」と

 

長谷 ねえ羽山君、一つ、約束しよっか

羽山 約束?

長谷 そう、約束

羽山 いいぞ、出来ない物じゃなかったら

長谷 なら、羽山君の大切にしているゲームソフトを人質にして――

羽山 ちょっと待て、なんでそこでそれが出てくる、そいつは関係がないだろ

長谷 冗談だよこっちがホントの約束「一度だけでいいからこの町に帰ってきて」

羽山 なんだ、そんなことか?いいぞ、約束だ。必ず帰ってくる

長谷 約束、だよ。帰ってきたらまた台本読ませてね

羽山 それじゃあ、約束が二つだろ

長谷 それじゃあ、今のが私との約束。その前のが二人の約束。

羽山 ……意味ないじゃん、結局二つじゃんか

長谷 気にしちゃ駄目だよ

 

語a 少年はうなずきました。

 

羽山 分かった、約束する。

 

場面の明りが消える

再び語り手だけ

 

語両 月日はさらに流れます。

語a 少年は旅に出ていろいろな世界を見て回りました。

語b 少女はひたすらにずっと少年の帰りを待ちました。まって、まって、帰ってこなくて、それでもまって、まって

語両 ゆっくりと月日が流れ。

語a 少年は帰ってきました。少女は喜びました。しかし、少年はこの生まれ育った町のことをなにも覚えていませんでした

   なにも、約束したことも、なにも、なにもかも

暗転

 

羽山にスポット

 

長谷診療所

拓也が落ち着かない様子でいすに座っている

あと綾本と、崎川がなにやら相談している

 

拓也 雫……雫…雫雫雫雫雫雫雫雫雫雫雫(エコー)

綾本 姉さん……どこに行ったんでしょう

拓也 雫……雫…雫雫雫雫雫雫雫雫雫雫雫(壊れたテープレコーダーのように)

 

崎川 羽山飛び込んでくる

 

羽山 一体どうしたんですか!雫が行方不明だなんて!!

拓也 きさまか!!きさまだろ!!!きさまが私の―――

パン

拓也 は、すまない、しかし今回が一度目ではないのでな、どうにも心配で!心配で!!!

パン

羽山 お気持ちは分かります。でも少し落ち着いてください

崎川 せや、おじさんもう少し落ち着いて

拓也 落ち着いていられるか!!私の、私の愛しい愛娘が!!!

パン

羽山 安定剤飲んでください

拓也 そんなもの飲んでいられるか!!

パン!

拓也 いたしかたない、それでは一粒(ポケットから常備している薬を飲む)

綾本 姉さん、昨日はそんなことする様子なんて見せていませんでしたのに

崎川 そういや、綾本さんやったな最後に長谷さんと話をしたのは

綾本 ……はい

崎川 ……

羽山 雫はなんていっていたんだ

綾本 私が、その、相談をしていたんです。それで、明日私のほかの人格の仲立ちをやってくれるって

羽山 そうか……ほかには何か言ってたか?

綾本 いいえ、ほかには何も――

拓也 このようなことになるなら娘に発信機を付けておくべきだった!!

崎川 つけてどうすんねん

羽山 崎川、おじさんを奥に連れて行ってくれ。

崎川 分かった、おじさんちょっときてや

拓也 やめろ!!これはきっときさまの陰謀なんだな!!雫!!雫ゥゥゥゥゥゥ!!!

 

崎川拓也を連れておくに(半ば強引に)

 

羽山 それで綾本さん、ほかには、ほんとに何も覚えてない?

綾本 あの、あれでよかったのですか?

羽山 おじさんのあの症状はいつものことだ、気にしちゃいけない。それでほかには何か覚えてない?

綾本 ……そういえば、夕食を食べ終わって部屋に戻るとき「約束」とつぶやいていたような気が……

羽山 約束……?

綾本 はい、たしかそうつぶやいていました。それとなんか疲れていたみたいで目がうつろだったような……

羽山 約束……やくそく……

 

崎川が戻ってくる

 

崎川 おじさん拘束しといたで

羽山 !何やってんだあの人から目を離すな!!

崎川 なにいってんや、荒縄でぐるぐる巻きにしてきたんや、動ける分けないで

羽山 そんなんじゃだめだ!!あの人ならそれぐらい引きちぎってでもやってくる

崎川 そんな滑稽いなことがあるわけにないやろ

羽山 とにかく俺は様子を見てくる、今何か起こされたらたまったもんじゃない

崎川 それは過大評価やないか?

羽山 あの人の器は過大評価でもしないと収まらないんだよ

崎川 そうなのか?

羽山 幼児体験が物凄かったからな、それじゃあ行ってくる

 

羽山 拓也を拘束したほうに行ってくる

崎川と綾本なんだかいたたまれないような何というか

 

崎川 あの……

綾本 は、はい……

崎川 そのなんや、この――

綾本 すみませんちょっと目眩が……

崎川 大丈夫か!

綾本 は、はいでも、もう彼らの力は借りないって決めたんです。だから

崎川 ようわからんが分かった

綾本 ありがとう、ございます……

 

でも綾本人格交代

 

綾本 そうなると私達ももう用なしかな?

崎川 ……麻衣さんか?

綾本 そうよ、お別れ言っとこう思って

崎川 せやか、ちょっと寂しくなるんやな

綾本 ちょっとあんたがそれでどうするんのよ。もともと私達は真希の辛いことを受け変わるために生まれたんだから。その役目が終ったら消えなくちゃいけないのよ

崎川 そっか、岸はどないしとる?

綾本 相変わらずブスっとしてるわよ、まったくもう最後ぐらいちゃんと挨拶すればいいのに

崎川 まあ、岸の場合それでええんとちゃう?

綾本 そだね、確かにそっちの方が岸らしいわ

崎川 やろ、最後の最後まで意地っ張りそうなやつやからな

綾本 そろそろかな……

崎川 そうなのか?

綾本 なんか、感覚がなくなってきてる。うん、もうそろそろかな

崎川 そか、それじゃあ言っとかなアカンな

綾本 何?

崎川 今まで真希を守ってくれて、おおきに。いやありがとう

綾本 そっちこそ、私達に代わって真希をしっかり守ってよ

崎川 わかっとる、しっかり守ったる

綾本 そう。どう岸?何か言うことある?

   …………そう、真希を泣かせたらたたり殺す?何物騒なこと言ってんのよ

   まったく、そういうことで真希を泣かせたら死んじゃうから気をつけてね

崎川 気をつけるって泣かせへンよ

綾本 それじゃあ、崎川君。最後に話したのが君でよかったよ、バイバーイ

崎川 ほんとおおきに

 

綾本元に戻る

 

綾本 あ、崎川さん……私……

崎川 どうしたんや

綾本 私、また変なことしてしまったのでは……

崎川 なんや、ワイは別に何もされてへんで

綾本 そう、ですか?嘘なんかついてませんよね?

崎川 嘘ついてどないすんねん。ワイも信用無くしたかな

綾本 そんなことありませんって

崎川 そっか、また唐突ですまんがもう一つ聞いてもいいか

綾本 はい……

崎川 ワイと付き合ってくれるか?

綾本 …………はい(はっきり)

崎川 おおきに。

綾本 はい

・・・・・・。

崎川 さて、羽山のやつ何やっとるんだか

 

拓也が駆けていく

 

拓也 オウ!私の愛しいマイドーターよ待っていろよ!今悪の陰謀から救ってやるからな!!!(出て行く)

・・・・・・。

崎川 さて、羽山のやつホントなにやっとるんだか

 

羽山が入ってくる

 

羽山 いたたたた

崎川 羽山何やったんや、あの壊れっぷりはいくらなんでも目も当てられへんで

羽山 噛み千切ってたんだよ荒縄を、おかげで本当に止めるのに必死だったんだ

綾本 ……叔父様ならやれそうです

崎川 うかつやった

羽山 そう気にすることはない。あの人の器は計り知れないんだ

崎川 肝に銘じとくわ

綾本 でもどうするのですか?雫姉さん

崎川 そやった、どうするや羽山

羽山 ……綾本さん、雫は確かに「約束」ってつぶやいたんだよな。

綾本 はい、私にはそう聞こえました

羽山 もしそうなら……

崎川 分かるのか長谷さんの居場所

羽山 分かった……多分あそこだ……あの場所、約束の場所!!

崎川 羽山

羽山 行ってくる、崎川、それに綾本さん。もしものことがあるかも知れないからここに残っていてくれ

崎川 行って来い!そんでもってチャッチャと片付けて来いや!

羽山 もちろんだ、それじゃあ行ってくる

 

羽山駆け出す

暗転

羽山にスポット

 

羽山 俺は走った。走って、走って、息が出来なくて、走って、走った。

   綾本さんの科白を聞いたとき、初めに浮かんだのが「彼岸花」の内容だった。

   約束を忘れた俺。ひたすら待っていた雫。

   正直後悔した。

   雫のことでここまで動く自分がショックだった。

   渦巻く感情。

   それを比喩するような雲も出てきた。

   雨が降るかもしれない。

   複雑な念を抱きながら、俺はあの道を駆ける。

   風見のことを見渡せる、あの約束の場所へ。

 

風見が丘見晴台

辺りには彼岸花が咲き乱れている。

彼岸花の量が心持多い

そこに長谷が一人、たたずんでいる。

 

長谷 約束……彼岸花……約束、丘。

   思い出した……私……でも、それじゃあ……やっぱり……

 

羽山が駆け込んでくる

 

羽山(肩で息をつきながら)雫、死ぬな!

長谷 約束……鐘の音……丘、そういうことだったんだ……彼岸花、民話の愚像

羽山 雫、おい聞こえてるか!

長谷 だれ?

羽山 おい、バカやってる場合か!

長谷 あ、羽山君……やっぱり来たんだ……

羽山 綾本さんがお前が「約束」ってつぶやいているのを聞いたんだ。それでピンときた

長谷 思い出してくれたんだ……だから、かな……

羽山 雫?

長谷 ううん、なんでもない。大丈夫だよ、私は飛び降りたりしないよ

羽山 そうか、よかった……

長谷 でも、……消えちゃうけど

羽山 何バカ言っているんだ?人がいきなり消えるわけないだろ

長谷 ……それでも、消えちゃうんだよ。私思い出したんだ

羽山 思い出したって、何言ってるんだよ

長谷 羽山君、私、もうここから落っこちているんだよ、真っ逆さまに

羽山 分け分からんぞ、だって今雫はここにいるじゃんか

長谷 ううん今じゃないの、結構前。そう、羽山君が風見を出て行った次の日、実は私も分けわかんないんだよ

羽山 お前が家出した日……

長谷 よく知ってるね、まあ崎川君にでも教えてもらったのかな?

   とにかくその日私は家を出て電車に乗ろうとしたんだよ。でもお財布忘れちゃて

   それでここに来たんだよ。いい景色見れば気分もまぎれると思ったんだ、結局まぎれなかったけどね。

羽山 それで、うとうと寝てしまってお終い、雫らしいな

長谷 ちがうよ、そのあと私がいた足場が崩れて……真っ逆さまに落っこっちゃって

羽山 ちょっと待て、ここの高さから落ちたのか?

長谷 そう、だよ

羽山 普通、無事じゃすまないぞ

長谷 だよね、だから私は――

羽山 やっぱり夢でも見てたんだろ、そうだ、そうに違いない

長谷 普通ならそう片付けているよ。でも、昨日、真希ちゃんの相談に乗った後、頭に変な声が聞こえたんだよ

  「約束の時間だ、彼の記憶が戻った、お前との契約はもうすぐ終る」って

羽山 ……やっぱりお前疲れているんじゃないのか?

長谷 でも……その声を聞いたときに、全部思い出したんだよ。

   落っこちた時に「羽山君との約束が守れない」って考えてたら目の前が真っ白になって、

  「助けてやろう」って声が聞こえて、気がついたら彼岸花を握り締めて丘の上で倒れてて、

   おかしいと思ったんだけど記憶があやふやで、羽山君が戻ってくるまでは気にもしなかったんだよ

   それでも、もう、感覚で分かるんだよ、自分はもう死んでいるって、私としての時間がないって

羽山 バカヤロ!!死んでるなんて言うな!!それじゃあ今生きているお前は何なんだ!!

長谷 だって、だって!!分かるんだもん!しょうがないじゃん!!

羽山 そんなこと……!気のせいに決まってる。さ、早く診療所に戻ろう、おじさんも心配してるし

 

羽山、長谷の腕を掴もうとする。

掴んだとたん、とてつもない冷たさに思わず手を引く

SE雨音

 

羽山 冷!

長谷 ……ね?分かったでしょ、もうそんなに時間がないんだよ

羽山 それでも……そんなはずない!そうだろ雫!全部何かの間違いなんだろ?

長谷 本当に何かの間違いだといいよね。

でも……もう駄目みたいなんだよ、羽山君が約束を思い出したみたいだから

羽山(一瞬はっとして)思い出してない!まだ約束なんて何も思い出してない

長谷 私に台本読ませてくれることも?

羽山 ……まあな

長谷 ……やっぱり思い出してたんじゃん。嘘はいけないよ

羽山 なんで、分かるんだよ……

長谷 駄目だよ、羽山君いつも嘘ついたり、ごまかしたりしようとするとに「……まあな」って言うんだもん。バレバレだよ

羽山 でも、約束は守られていないんだ!俺は約束を破って台本を書いてこなかった、なら雫も!

長谷 だめだよ。私の約束が結果として出た時点でこの契約は終了みたいなんだよ

羽山 そんなの、理不尽すぎる

長谷 羽山君……

羽山 なんだよ……

長谷 ×三……だよ

羽山 忘れてた……

長谷 やっぱり妙なところで物覚えが悪いね

羽山 ……どうしても、結果は変えられないのか?俺に何か出来ないのか?

長谷 結果は……変えられないよ。それに羽山君に何とかできるんだったら神様なんて存在できないよ

羽山 それでも……!

長谷 それじゃあ、お願い一つ、聞いてくれる×三になった罰ゲーム。

羽山 今の俺にそれしか出来ないんなら……

長谷 ……私のこと忘れないで、今日会ったこと全部覚えていて、それが私のお願い

羽山 それだけでいいのか?

長谷 うん、それだけ。でもたぶんほかの皆は私のことはもう前に死んじゃってることになっているから今日のことは思えていないよ

羽山 自信ないぞ……一人だけ記憶してるって、雫だって俺の高校のときの二つ名を知っているだろ?

長谷 物忘れの天才、だっけ

羽山 そう、だから、自信ないんだ

長谷 だったら、台本にしてずっと残るようにしておいてよ。忘れないようにずっと、ずっと

羽山 ああ、わかった……

長谷 そう、ありがとう

羽山 この約束だけは絶対に守るからな

長谷 ふふ、破ったら罰ゲームだよ

羽山 おう、破ったら切腹でも首吊りでも何でもやってやる

長谷 それはちょっと……

・・・・・・。

鐘の音が聞こえる

徐々に彼岸花が枯れていく

 

長谷 そろそろ、時間みたい……

羽山 ……なあ、この決まりきった話に抗ってみようとは思わなかったのか?

長谷 一度死んだのに、わがままでここまで生きたのに、それはちょっとがめつい気がするよ

羽山 がめつくなんかないだろ、生きたいと思うのは普通のことだ

長谷 でも、もう、私の手の届かないところまできちゃったんだよ

羽山 それでも、俺が約束を思い出したばっかりに雫が……消えるなんて……

長谷 羽山君……

羽山 俺が、この町を出たばっかりに……

長谷 いいんだよ。羽山君は何も苦しまなくても、これは私が選んだ道だよ

羽山 それでも……

長谷 ねえ、羽山君。これって奇跡だよね

羽山 ……こんな奇跡なんか、ただのまやかしに過ぎない

長谷 うーん、そうかな

羽山 だったら……そうじゃないんならなんだっていうんだ!

長谷 よく、わかんないけど、もし、このまやかしがなかったら、私は約束を守れなかったよ

羽山 雫……

 

長谷、崖のほうに歩いていく

がいっぺん足を止める

 

長谷 羽山君、一言言うの忘れてた。――おかえり羽山君

羽山 ……ただ、いま。ただいま雫

 

長谷歩いていく

彼岸花が枯れていく

 

羽山 雫!!絶対に台本書いてやるからな!!絶対にお前がいないからって泣かないからな!!

   こんな目にあったんだ、お前に流す涙なんか一滴もないんだからな

   絶対に忘れない!!何があっても、忘れないからな!!

 

暗転

田舎の駅

羽山が一人たたずんでいる。

隣には大き目の鞄

手には原稿用紙

 

羽山 ……どうだろ、やっぱり自分の思っていることと違うことを書くのは難しいな

  (原稿用紙を何枚か捨てる)

   結局この作品で俺は何を見たかったんだろ

  (原稿用紙を何枚か捨てる)

   夢か、それともその近くにある自己満足か

  (原稿用紙を何枚か捨てる)

   この作品は何で作りたかったんだろ

  (原稿用紙を何枚か捨てる)

   ……大切なもの

  (原稿用紙を何枚か捨てる)

   そうだった、大切なものを形にしたかったんだ

  (原稿用紙を何枚か捨て)

   自分の大切な物、まだ形になりきらない

  (残った原稿用紙をびりびりに破いて散らす)

   さて、どうしたもんだか

 

長谷が駅に入ってくる

 

長谷 羽山君ー!!

羽山 雫……!どうして

長谷 そんなことくらい私だって分かるよ。

羽山 たくっ、さっさと出て行こうと思ったのにな

長谷 どうしても行っちゃうの?

羽山 ……ああ、どうしてもなんだ

長谷 それは、羽山君にとって大切なことなの?

羽山 ……本当に大切なことがあるのなら違うかもしれないけどな

長谷 それなら――

羽山(無言で頭を横に振る)

長谷 そう

 

・・・・・・

 

電車のベルが鳴る

長谷、思い立ったように口を開く

 

長谷 あのさ――

ジりリリとベルが鳴る

長谷 帰ってきたら、台本たくさん見せて、もちろん羽山君の自作のやつ(ベルの音にかき消されても面白いかも)

羽山 ……ああ(頭を縦に振る)、必ず帰ってくる                   

 

 

 

 

 

制作誤記 2016/06/12

これを書いたのが高校のときですから、かれこれ12年近く前の作品になります。アイディア自体はさらに古く中学生のときのものですからもう15年は硬いという……まさに黒歴史と呼ぶにふさわしい熟成具合です。ぶっちゃけ某ゲームそっくりですし。でも、このお話が風見と苅田町における舞台設定の大根幹なので、できれば目を通してもらえれば幸いです。

 

この劇で何が起こっているかといえば、物語になぞって人が翻弄されるという、ただそれだけです。

事実をもとに史実が生まれる。でもその逆ならばどうなるのか?

史実が先にあってそれにそって事実が生まれると、なんだか、演劇みたいじゃないですか。

台本があって、配役がそれを事実としてこなしていくって感じですかね。

 

荒削りなところも多々とありますが、のんびり読んでもらえればと思います。

 

最後のシーンに関しては高校生の羽山が旅立つシーンなのか、それとも今までの話は全て羽山の台本上の出来事だったのか、読み手に任せようと思います。

まあ、個人的には救いがあるほうを推奨していますが、どうぞお好きにお読みいただければと思うしだいです。

 

それでは、まあ製作誤記もこの辺で……。

 

……ちなみに製作誤記って、単に製作後記(せいさくこうき)の読み間違えから生まれた何かです。

 

 

キャストの名前の由来

羽山 守……苗字のイメージは鳥と山(まんまじゃん)名前のイメージは約束を守るという感じ

長谷 雫……苗字、友達のをちょっとだけ拝借して。名前、某ジブリのキャラじゃなくて葉っぱから落ちていく一粒の雫をイメージして。

長谷 拓也…本当は友達の名前をほとんどひねらないで持っていこうとしたキャラ。でもかわいそうなので名前を拓也に変更しました。

綾本 真希…苗字は某アニメ「エヴァン○リオン」より、じゃない!フィーリングですフィーリング名前もおなじ 

      岸と麻衣は真希の頭文字を取って名づけられました。

崎川…………あんだけ頑張ったのに名前を紹介されなかったかわそうなやつ。下の名前は俊一