「Good Lack Coffee」

――――With coffee and luck!

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

登場人物

黒田 トウジ……編集者

夢野 リエコ……喫茶店マスター

大宮 アカリ……喫茶店店員、高校生

愁崎 タカアキ…編集者

沢見 オサム……作家

久野瀬 スズ……作家

 

MCA ……ラジオ番組の司会

MCB ……ラジオ番組の司会

NC ……ニュース番組のキャスター

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「Good Lack Caffee」

――――With coffee and luck!

 

ラジオ番組が聞こえてくる。

 

MCA ジャンクロール、最後まで聞いてくれてありがとう。

MCB それじゃあ、また来週!

AとB ラジオはAM1156、いいごろラジオがお送りいたしました。

NC お昼のニュースです。

 

SE:ドアベルの音

効果音をきっかけに舞台に明かりがつく。

 

喫茶店「グットラックコーヒー」

きれいな内装でアンティークな感じの漂う店だ。

中央のテーブルにはラジカセが置いてあり、少し古いカウンターには、それっぽいレコードプレーヤーが飾られている。

 

店の入り口から、夢野 リエコが入ってくる。

彼女の手には「CLOSE」の看板と竹箒

 

NC 先週発生した調理飯店の火災事故について続報が入りました。

消防署の発表によると事故当時、調理場に―――――

(は管理者はおらず、無人だったとのことです。このことについて被害者団は更なる責任追及を請求するもようです。)

夢野 (ラジオをきる)さてさて、今日もお仕事お仕事

 

夢野は竹箒をしまう。

看板はカウンターの上へ。

 

……。

しばらく客はこない。

 

夢野 ……うーん、暇度、70%~

 

夢野がカウンターの下からレコードを取り出す。

セットして、流れ出す音楽。

夢野はカウンターにもどり、文庫本を読み出す

 

夢野 ~♪(鼻歌でその曲に合わせている。)

 

SE:ドアベルの音

店の入り口から、黒田が入ってくる。

あまりいい身なりではないが手には大きめのノートパソコン用のかばんとA4サイズの大きいサイズの茶封筒を持っている。

怪我をしているらしく左手には包帯が巻かれている。

 

黒田 (店内を見回してから夢野に気がつき)あのー、お店もう開いてますか?

夢野 あ、はいー。開いていますよ。

(黒田の方へ行き)いらっしゃいませー、ようこそグットラックコーヒーへ。お席は日の当たるほうと日のあたらないほうどちらがいいですか?

黒田 じゃあ、日のあたら……ってなんです、いきなり?

夢野 席の位置ですよ。お客さんパソコン持っているみたいですからどっちがいいのかなぁと。

黒田 ああ、そういうことですか。

夢野 そういうことです、どちらがよろしいですか?

黒田 じゃあ日が適当にあたらないところで

夢野 わかりました、ご案内します。

 

夢野、黒田をカウンター近くの席に案内する。

黒田は案内された席につき、パソコンを用意する。

その間に夢野はメニューを持ってくる。

 

夢野 メニューをどうぞ。

黒田 (メニューを受け取り)どうも。

夢野 ご注文はすぐにいたしますか?

黒田 そうだなぁ、コーヒーをひと…(メニューを見てやや間)…ってあの。

夢野 どうしました?

黒田 コーヒー100円ってなっているんですけど、これって本当に100円なんですか?

夢野 そうですよ。いまや喫茶店のコーヒーは缶コーヒーに押されていますからね、その対抗策です。

黒田 だ、大丈夫なんですか?

夢野 実は結構厳しくって……。

黒田 ……。

夢野 ……。

黒田 と、とりあえずコーヒー一杯ください。

夢野 はい! かしこまりました。あ、お代わりは有料のですので注意してくださいね。

 

夢野、カウンターにもどりフライパンを温めはじめる。

 

黒田 ……な、何をやっているんですか?

夢野 久しぶりに本気をだして、生豆からバイセンしようかと

黒田 そ、そうですか

夢野 どういうコーヒーにしますか? 初夏の薫りたつ爽やかコーヒーから濃厚どろりなでろんでろんのコーヒーまで作れますよ。

黒田 お、お勧めで

夢野 そうですか。それじゃあ……オードソックスに、高級なブルーマウンテンをちょいちょいと

 

夢野コップを使ってフライパンに少しだけ豆を入れる

 

黒田 あの?

夢野 なんですか?

黒田 そんなに少なくて大丈夫なんですか?

夢野 大丈夫、こんなもんですよ

黒田 こ、こんなもんって……それにさっき高級だとかなんとか言ってたんですが

夢野 大丈夫、大丈夫。

黒田 そう、ですか?

 

しばらくするとフライパンから豆の炒られるいい音が聞こえてくる。

 

黒田 お、いいにおいですね。

夢野 (勢いよく)そうなんです、やっぱりコーヒー豆はこうバイセンしている瞬間が一番いいんですよ!

そもそもバイセンには8通りの炒り方があってですね、短い時間からライトロースト、シナモンロースト、ミディアムロースト、ハイロースト、

シティロースト、フルシティロースト、フレンチロースト、イタリアローストとあるんですが、

そのなかでもシティとフルシティはブルーマウンテンの自家バイセン家からも人気のあるバイセン方法でして―――――――――

(酸味と苦味のバランスがよくて、味も濃くがあるすばらしいバイセンなのですが、1パチと2パチの間というきわどいタイミングを見計らう感性が必要でちょっとでも気を抜いちゃうと行き過ぎてフレンチになったり、あわてるとハイローストになったりして、これがまた難しいというか難しいんですが、でもですね、豆の音に耳を傾ければおのずと豆も答えてくれて、そうすれば意外とうまくいくんですよ!)

黒田 落ちついて、フライパンが危ない

夢野 あっ! いやー、すみません。コーヒーの話になるとつい熱心になっちゃって。

黒田 あはは……。

夢野 さてと、もうちょっとかなぁ、バイセンバイセンシティーロースト。

 

ある程度したら夢野はフライパンから豆を取り出し、うちわで扇ぎ始める。

 

黒田 ……今度は何をしているんですか?

夢野 バイセンしたコーヒーを冷ましているんですよ、ほっとくと熱のせいで空気を吸ってドンドン苦くなってしまいますから。

黒田 なるほど

夢野 もう少し待ってくださいね。

黒田 分かりました。

夢野 (うちわで扇いでいる)

黒田 そういえば、ブルーマウンテンってどういうコーヒーなんですか?

缶コーヒーで時々飲んだり聞いたりしますけど、よくわからなくて。

夢野 そうですねぇ、ブルーマウンテンというのはジャマイカのブルーマウンテン山脈高度800m以上で栽培されている豆なんですよ。

地元のほうで厳しい審査を抜け、日本に向けて出荷するそうなのですが、その総出荷量は全収穫の約80%以上という豆自体は現地より日本のほうが手に入りやすいというちょっぴり変わった豆なんです。

黒田 へぇ、ちなみにぶしつけで悪い気がしますがいくらぐらいするんですか?

夢野 高級なものは100gで二千円程度ですね。

黒田 ……ぶしつけで悪い気がしますがコーヒー一杯って何グラムぐらい豆を使うんですか?

夢野 えっと10gぐらいですね。

黒田 ……ってことは一杯の原価は二百円。

 

夢野なんか目を合わせない。

 

黒田 大丈夫なんですか?

夢野 だめ、かも知れませんね。

黒田 だめかもじゃなくて、だめなんですよ!

夢野 うぅ。お客さんがアカリちゃんのように叱ってくる。

黒田 ……誰ですか。アカリちゃんって。

 

なにかパソコンから警告音がする。

 

黒田 (パソコンをみながら)ん? ああ充電なくなりそうになってるや。

すみません……えっと電源かしてもらっていいですか?

夢野 電源ですか? すみません、うち店内に電源がないんですよ

黒田 う、まじですか

夢野 はい、まじです

黒田 ……まいったなぁ。

夢野 あの、早急な用なんですか?

黒田 あ、いえ、早急ってわけじゃないんですが……

夢野 そうですか?

 

そういってじっと黒田を見る夢野

黒田は若干たじろく

 

夢野 じーっ

黒田 な、なんですか?

夢野 あ、いえ、お構いなく―――うん、困った感じの度数80%ってところですか

黒田 へ?

夢野 お客さん、嘘はいけませんよ。使えなかったら困る、そうちゃんと言ってくれればなんとかしますよ。

黒田 あ、あの?

夢野 ちょっと待ってくださいね。

 

夢野そういって店の奥に引っ込んでいく。

 

黒田 な、なんだ……。

 

黒田、夢野が去っていたほうを覗いてみる。

なんかいろんなものが落ちる音がする。

 

黒田 お、おいおい……。

 

SE:ドアベルの音

店の入り口から大宮アカリが入ってくる。

 

大宮 リエコさんお店のクローズの看板取れてる――――。(黒田に気がついて)って、お客さん!?

黒田 う、うん。お客さんですけど

大宮 ……じーっ。

 

大宮なんかにらむように黒田を見つめる

黒田、たじたじ。

 

大宮 ……そんなタイプには見えないけどな

黒田 へ? そんなタイプって何?

大宮 あ、いやいやいやいや、こっちの話、こっちの話。

(左手を見て)ところで気になるんだけど、その包帯は?

黒田 あ、ちょっとヤケドで……。これが何か?

大宮 いやいや、気にしないで~。

黒田 そ、そう……?

大宮 そうそう! ああ、リエコさんどこかな。店開けっ放しにしてまったく―――。

黒田 リエコさん……? ああ、さっきの変わった店員さんのこと?

大宮 そうそうそうそう! どこいっちゃったのかなぁ。

黒田 彼女ならなんか店の奥に行っちゃったけど。

大宮 な、なんでまた……。

 

店奥からなにかものが落ちてくる音がする。

 

大宮 ……(ため息)うあぁ。あれだけ店奥にはいくなって言ったのに。

 

大宮店の奥に駆け込んでいく。

 

黒田 ちょ、ちょっと……。

 

がすぐに戻ってくる。

 

大宮 ああ、そうそう。

黒田 うわ!?

大宮 リエコさんは店員じゃなくて、この店のマスターだから。それじゃすぐ戻ってくるからそこ動かないでね!

黒田 動かないでねって……。

 

店の奥から声が聞こえてくる。

黒田耳を済ませてみる。

 

大宮 リエコさん、お客さ―――って、何持ってるの!

夢野 延長ケーブルですけど?

大宮 なんで延長ケーブルなんか持ってるのか聞いてるです!

夢野 それはお客さんに頼まれたから。

大宮 お、お客さんに頼まれたからって……ここは喫茶店ですよ? コーヒー出さずに延長ケーブルだしてどうするんですか。

夢野 いいじゃない、いいじゃない。

大宮 いいじゃない、じゃないです。最近は調理場からの出火って結構問題になっているんですからね。

夢野 そうなんですか?

大宮 そうなんです! だから、調理場からはなるべく目を離さないでください。

夢野 でも、そうすると、お客さんの頼みを叶えられませんよ?

大宮 はぁぁ、まったく……ええい!

夢野 あ、アカリちゃん。

 

店の奥からどたどたと足音が聞こえてくる。

大宮が業務用のドラム式の延長コードを担いでくる。

 

大宮 延長ケーブル一丁お待ち! ぜぃぜぃ……。

黒田 ど、どうも……。

 

次いで、店の奥から夢野も出てくる。

 

夢野 アカリちゃん、そんなにあわてなくても大丈夫ですよ。

大宮 でも!

夢野 大丈夫、大丈夫。

大宮 ……うぅ、リエコさんがそういうなら。

黒田 あの、この延長ケーブルは?

夢野 店奥のコンセントにつないでおきましたので、どうぞお使いください。

黒田 そんなにしてもらって……。いいんですか?

夢野 ここまでしたんですから逆に使ってもらわないとこっちが損です。

黒田 でも……。

大宮 いいの、いいの。リエコさんって一度OKといったらなかなか変えないから。

黒田 そうですか。

 

黒田ワープロの電源コードを延長ケーブルに差し込む。

 

黒田 それにしてもすごいですね。

夢野 何がですか?

黒田 あなたですよ、僕が困っているのを見抜いてしまうんですから。

夢野 そうですか?

黒田 そうですよ

大宮 リエコさんって時々自覚なしにすごいことやるからね……。

夢野 もう、アカリちゃんまで。

大宮 あたしの時もそうだったじゃないですか。……あの時リエコさんがいなかったらどうなっていたことか。

夢野 そんな、私はちょっと手を引いたり、背中を押してあげただけですよ。

大宮 それができる人って……少ないんですよ。

黒田 ……そうですねぇ。

夢野 お客さん?

黒田 あ、いえ、なんでもありません。えっと……それよりもコーヒーどうなりました?

夢野 え? あ…(カウンターの豆を確認して)…あ~!

 

夢野しおしおと倒れていく。

 

黒田 どうしました!?

夢野 バ、バイセンがぁ……豆が冷め損ねて真っ黒に。

 

黒田・大宮、唖然

 

夢野 シティローストがぁ、高級ブルーマウンテンがぁ

大宮 ブ、ブルーマウンテン!?

 

大宮カウンターの豆を確認する。

 

大宮 う、そんな馬鹿な……。全部イタリアロースト通り越して炭みたいな色になってる。

黒田 そうですか? 結構大丈夫そうな色みたいですけど……、駄目なんですか?

夢野 (すくっと起き上がり)イタリアローストとはバイセンの中で一番時間を掛けたバイセンで、とっても深い苦味が特徴なんです。

でも、ブルーマウンテンでやるにはちょっと……なんですよ(しおしおと倒れていく。)

大宮 というか、通り越しているしね。ブルーマウンテンはもともと酸味と苦味のバランスがいいことが特徴だからちょっとアウトかな。

黒田 …(少し考える間)…それでいいです、淹れてもらえますか?

大宮 いいの? さっきも行ったとおり結構苦いわよ。

黒田 お願いします。

大宮 はぁぁ、お代わりは有料だからね。

 

大宮倒れている夢野を起こす。

 

大宮 ほらリエコさん、起きてください。

夢野 でもですねぇ……。うぅ、シティロースト

大宮 注文はブルーマウンテンのイタリアロースト……っぽいものです。

 

夢野すくっと起き上がり、黒田を見る。

 

夢野 いいんですか?

黒田 いいんです。

夢野 本当にいいんですか?

黒田 本当にいいんです。

夢野 本当の本当にいいんですか?

黒田 本当の本当に……ってだんだん不安になりますから、早く淹れてくださいよ。

大宮 ほらリエコさん自分でバイセンした豆なんだから自分でひいてください。

夢野 アカリちゃんまで……濃厚どろりででろんでろんになっても知りませんからね。

黒田 (失笑気味に)わかりました。

夢野 アカリちゃん、何かレコードかけて。

大宮 はいはい。

 

大宮カウンターからレコード盤を取り出し、レコードにかける。

古臭いが曲が流れる。

 

夢野豆をすり鉢にいれ粉砕し始める。

 

黒田 ずいぶんと和風なんですね……。

夢野 結構苦くなってしまいましたからね、若干粗があるぐらいの砕き方がいいんですよ。

黒田 そうなんですか。ああ、だからなんかコーヒー屋で見かけるような器具は使わないんですね。

夢野 コーヒー屋さんで見かける器具ですか?

黒田 ほら、あの上の方にハンドルがついて、中に豆を入れて粉にするやつ。

夢野 ああ、コーヒーミルですか。

大宮 リエコさんは粗挽き、中挽き、細挽き、極細挽き、全部すり鉢でできるから、置いてないんですよね。

夢野 そんなことありません、うちの店にもコーヒーミルぐらいありますよ。

大宮 え? 初めて聞きましたよそんなこと。

夢野 ……店の奥の物置のどっかにですけど。

大宮 それは無いも同じじゃないですか!

夢野 で、でもどっかには必ず――――。

大宮 あのですね……マスターなんですら、もう少し管理をしっかりしてください。

夢野 はーい。……っと、粗挽きですから粉砕はこのあたりですね。

 

夢野はすり鉢からポットの上に用意したコーヒーフィルターに粉を入れていく。

大体入れ終わり、すり鉢を片付ける。

 

夢野 はぁぁ!(コーヒーフィルターに指を突っ込み念じるように)……ラメーン。

 

黒田、ずっこける。

 

黒田 な、なんですかそれは。

夢野 コーヒーをおいしくするおまじないですよ。

黒田 お、おいしくなるんですか、そんなことで。

大宮 それが本当になっちゃうのが、リエコさんの怖いところよ。

黒田 う、うーん。

夢野 (やかんを取り出しお湯を注ぎながら)ちょっと入れて~30秒蒸らして~♪

 

黒田、席に戻りパソコンをいじる。

音楽が突然とまる。

 

大宮 あ。

黒田 どうかしました?

大宮 いえ…(レコードのところに向かい)…レコードの針が飛んだだけね。

夢野 (慎重にお湯を入れながら)アカリちゃん、取り替えておいてくださいね。

大宮 分かりました。えっと……針は店奥だったっけ。

 

大宮店の奥に引っ込んでいく。

 

黒田 そういえばあのレコード、電源はどこから引っ張っているんですか? 確か店には電源コンセントがないと……。

夢野 店奥から延長コードです。

黒田 そ、そうですか……。

夢野 そういうお客さんこそ、先ほどからパソコンで何をやっているんですか?

黒田 え、ああ。これはちょっと……仕事でして。

夢野 お仕事ですか、うーんそこの茶封筒といい作家さんか編集さんですか?

黒田 よく分かりましたね、そうなんですよ山原水(さんげんすい)社っていう小さな出版社で……勤めて―――。

夢野 山原水社ですか! もしかして「銀河鉄道と終わり来る夏の夜」とか「デイドリームペーパーバックライター」を出しているあの山原水社ですか!

黒田 おわ!? は、はい……そうですが。

 

夢野、カウンターから黒田が来るまで読んでいた本を取り出す。

黒田のところのまで行き、本を突き出す。

 

夢野 サインください!

黒田 あ、あのですね……違うんですよ。

夢野 はい? 何が違うんですか?

黒田 僕は編集なんで……。

 

SE:ドアベルの音

愁崎が入ってくる。

 

愁崎 その言葉を待っていたぞォ!

黒田 しゅ、愁崎先輩!?

 

沢見も愁崎のあとを追うように入ってくる。

 

沢見 おい、愁崎なにやってんだよ、さっきから張り込むとか突撃するとか!

夢野 いらっしゃいませ、お二人様ですか?

愁崎 うむ、水出しコーヒーを二つたのむ。

夢野 かしこまりましたー

沢見 なに穏やかにスルーしてるんじゃぁ!

 

沢見が愁崎に殴りかかる(というか強烈なツッコミ)

しかし愁崎は簡単にそれをよけ、反撃する。

 

愁崎 主に腰周りがアマイィ!

沢見 (殴れらる)ぐはぁ! (よろめいて)なぜだ、なぜ僕はこいつに勝てないんだ……。

夢野 それではこちらへどうぞ。

沢見 あなたも、さらりとにスルーしないでくださいよ。

夢野 それは失礼しました。それではこちらへどうぞ。

沢見 いじめかよ!

黒田 ……愁崎先輩、なんでこの店に。

愁崎 いやなに、ジョバンニとの打ち合わせでな。

黒田 ジョバンニ……?

沢見 ダァァ、愁崎! その呼び方は人前でしないでくれと何度、何度行ったら分かるんだぁ!

愁崎 なに? 二人っきりのあま~い時間ならいいってのか?

沢見 お前と僕がいつそんな仲になった……。

愁崎 つれないなぁ。同じ屋根の下、一蓮托生で生きてるじゃないかい。

沢見 ……あのな、それ翻訳すると、お前が僕の部屋に勝手に転がり込んできて、編集として作家の僕をいじめ抜いてるだけだろ。

愁崎 うむ、そうともいう。

沢見 そうともいうじゃねぇ!

 

夢野 もしも~し。

愁崎 ああ、マスター。適当に日の当たる席を頼む。

夢野 かしこまりました。

 

夢野の案内で入り口に近い席に愁崎と沢見は座る。

黒田も席に戻る。

 

夢野 すぐに水出しコーヒーをお持ちしますので少々お待ちくださいね。

 

夢野カウンターへ移動し、作りおきしてあった水出しコーヒーをコップに注ぐ。

 

愁崎 (黒田に向かって)お前もこっちに来いよ。そーんな日のあたらない場所なんていると髪の毛かびるぞ。

黒田 いいんですよ……それに僕は―――。

愁崎 あのな、そんな後ろ向きのくせになんで編集をやってるなんて言ったんだ

黒田 それは……。

愁崎 あれはお前のミスじゃないんだぞ。むしろお前は――――。

黒田 いや、僕のミスでしたよ。

愁崎 そうかいそうかい、まだそう言うかい。ならこの話はここまで。まっ、帰ってくるならいつでも待ってるぜ。

黒田 ……。

沢見 愁崎あの人が「デイドリームペーパーバックライター」の……。

愁崎 ああ。

 

二人して席から黒田を見る。

黒田はひたすらパソコンを打っている。

その間に夢野は愁崎を沢見のテーブルにコーヒーを運ぶ。

 

夢野 お待たせしました、水出しコーヒーです。

どうぞ、ごゆっくり。

 

店奥から大宮が戻ってくる。

 

大宮 リエコさん、針あったよ――――(愁崎を見て)……おい、あんたなぜここにいる。

愁崎 お、アカリちゃんじゃんか、今日も可愛いねぇ

大宮 ぐ!……その軽薄な態度がこうムカッとくるって言わなかった。

愁崎 ……うーむ。超まじめに言ったつもりなんだが。

沢見 どうみてもまじめに見ないな。

大宮 そうよ! それにこの店は―――。

夢野 アカリちゃん。お客さんなんだからそういう態度をとってはだめですよ。

大宮 でも……。

夢野 大丈夫、大丈夫。

大宮 うぅん……グゥゥ、今日はリエコさんに免じて許してあげるわ。

愁崎 許すもなにもまだ俺はなんもしてないぞ

大宮 い・ち・い・ち!揚げ足とるな!

 

大宮と愁崎がにらみ合う。

沢見はため息をつきながらそれを見物している。

夢野がコーヒーを黒田のところに運んでくる。

 

夢野 おまたせしました、ブルーマウンテンのイタリアロースト……っぽいものです。

黒田 ありがとうございます……。あの。

夢野 なんですか?

黒田 あの二人って知り合いなんですか?

夢野 そうですよ。アカリちゃんもあれでなかなか愁崎さんにホの字で。

大宮 (夢野に)誰がこんな性格の男好きにならなくちゃいけないんですか!

夢野 でも性格を見てるってことは、もう外見はオッケーってことじゃ―――。

大宮 ちょ、ちょっと待ってよ。

愁崎 いやー、俺ってモテるなぁ。(声をシリアスっぽくしたりして)アカリ愛してるよ

大宮 う、うう……。

愁崎 (シリアスのまま)さあ、俺の胸に飛び込んでおいで。

大宮 うわあああ、リエコさんの馬鹿――――ッ!!。

 

大宮逃げ出すようにその場から去っていく。

 

愁崎 (声を戻して)おいおい、なかなか直球な愛情表現じゃないか

沢見 消える魔球並に変化球だと思うぞ。

愁崎 美とは罪だな。

沢見 ああ、罪だろうな。お前にはまったく関係ないが。

愁崎 さてと、これぐらいのハンデでオッケイだな、それじゃ二人きりの鬼ごっこを始めようかアカリチャーン。

 

愁崎大宮が逃げた方向へ走り去っていく。

 

沢見 ……。

黒田 ……。

沢見 すみません、あの馬鹿やろうが。

黒田 先輩は相変わらずなんですね……えっと、あなたは確か―――。

沢見 沢見です。愁崎の馬鹿に担当してもらって物書きをやってます。

黒田 あなたがあの沢見さんですか? かねがね先輩から噂は聞いてました。

沢見 ど、どんな噂ですか?

黒田 そうですね、ギャルゲーを体現したすごいやつだとか、半径1kmに響き渡る寝言を放つとか、ボーっとしているとか、釣りが下手とか、あといろいろですね。

沢見 あ、あいつめ……!あることないことつらつらと。

黒田 ま、まあ全部信じてるわけじゃないですし。

沢見 信じられたら困りますよ!……えっと。

黒田 あ、黒田です。

沢見 黒田さん、頼むから信じないでください!

黒田 わ、分かってますって。

沢見 アイツの感性絶対間違っているんですよ。

黒田 なんか、分かるところがある気がします。

沢見 でもアイツ、逆に人を見る目だけはすごいからな……

黒田 そうでしょうかね……。先輩は気まぐれなだけだと思いますよ。

沢見 それは違いますよ。あいつはちゃんと人や状況を把握していますよ。そして評価を冷静に下した結果、あんなことやっているんですよ。

黒田 そうなんでしょうかね。

沢見 ま、いつもの言動が言動だし信じてもらわなくてもいいですけどね。

さてと……ちょっくら用事ができました。あの馬鹿をとっちめてきます。

 

沢見、愁崎たちを追いかける。

 

黒田 ちょ、ちょっと? ああ、行っちゃった。

夢野 行っちゃいましたね。

黒田 僕が言うのも何ですが、大丈夫ですかね。

夢野 大丈夫ですよ。そうですね、しいて言うならあの子にとって、丁度いい香辛料ってところでしょうか。

黒田 香辛料?

夢野 はい。彼女にはもう歩き出せるだけの足場は90%出来ていますしね。

黒田 なんだかよくわからないですが、そうなんですか。

夢野 そうなんですよ。

黒田 うーん……とりあえず、コーヒーいただきますね。

 

黒田、コーヒーに口をつける。

 

黒田 う……苦い。

夢野 イタリアローストよりも濃くなってしまいましたからね。

黒田 そうですね……。

夢野 そういえば、まだ話していませんでしたね?

黒田 何をです?

夢野 この店の話です。

黒田 この店の話……ですか?

夢野 はい、この店は、グッドラックコーヒーはですね、いろんな辛いことを抱えた人たちが集まる場所なんですよ。

黒田 ……そう、なんですか?

夢野 ええ。

黒田 愁崎先輩たちが辛いことを抱えているようには見えませんけど……。

夢野 それはどうでしょう、たとえばある人。あ、名前は伏せますね。

その人は、ある日突然に大切な人が亡くなってしまいました、それも不条理な方法で。

一時期は自分一人になっても頑張っていこうと、その人は歩み続けました。

でも……時間がたつにつれ、背負ってしまったものの重さに負けていってしまったのです。

黒田 ……その子、あ、いや、その人はどうなったんですか?

夢野 今はしっかり歩もうとしていますよ。

今度はきっと一人じゃなく、周りの人とともに。

黒田 そう、ですか……。

夢野 そうなんです。

黒田 ……難しいですね。

年をとればとるだけ、一緒に歩いてくれる人なんていなくなっていきます。

その人はきっと恵まれているんですね。

夢野 そんなことはありません。

きっかけやことの運びなんて些細なことで変動します。

それこそコーヒーに浮いたミルクがいつまでもそこにとどまれないのと同じですよ。

黒田 ……そんなことは―――――。

夢野 そんなことなんです。

黒田 違う!

 

……。

 

夢野 あなたは―――。

黒田 ……。

夢野 あなたは、何故そう思うのですか?

 

……。

黒田、落ち着く。

 

黒田 僕は……そうですね。

……。ひとつ、大きなミスをしてしまったんですよ。

夢野 ミス、ですか

黒田 はい……僕はあいつの原稿を、燃やしたんですよ。

うちの山原水社は一週間前火災で半焼してしまったんです。

火災自体は隣の調理飯店の火の不始末が原因でした。

でも、そんなこと問題じゃないんです!

僕は逃げ出すときに、あいつの、あいつが無茶をして書いた原稿をおいてきてしまった!

本当に駄目な編集ですよ……。

夢野 でも、コピーとかはあったんですよね

黒田 まあ、あったにはあったんですけどね、両方もろとも内容が分かる状態では残っていませんでした。

逃げ出すときに、あの瞬間に気がついていれば……それを、わが身大事さに……!

そして、そのあとには執拗なまで責任追及をされました、もちろん僕は悪者です。かばってくれるのは愁崎先輩ぐらい。

なんでしょうね……子供のころはあれだけなりたかった大人がこんなにもつらいものだなんて思いもしなかった……。

夢野 ……。

黒田 ……苦しみや悲しみばかりが社会ってやつなんでしょうか?

僕はもう周りの人とともに歩く力なんてありませんよ……。

 

(間)

 

夢野 コーヒーの味は、人生の味って知ってます?

黒田 え?

夢野 コーヒーの苦味は、人生の苦渋。コーヒーの酸味は、人生の哀歌。

コーヒーの味は人生の味。不思議なことに苦味と酸味は合わさると美味しいうま味が生まれるのです。

コーヒーを飲むということは、苦渋を飲むこと。コーヒーを楽しむことは、哀歌を歌うこと。

わかりますか? コーヒーとはまさに社会で生きる人生そのものなんですよ。

黒田 苦しみと悲しみばかりだからですか?

夢野 違いますよ、苦しみと悲しみが合わさってできる、うま味を見つけるのが社会ですよ。

黒田 そういうものなんでしょうかね?

夢野 そういうものなんですよ。

黒田 でもコーヒーが余りに苦かったらどうするんですか?

夢野 それは簡単ですよ(夢野、ミルクと砂糖を取り出し黒田のカップに注ぐ)ほら、こうして注げば、苦味も酸味も和らぎます。

黒田 周りには力になってくれる人がいるって意味ですか?でも僕は――――。

夢野 大丈夫ですよ。あなたには力があります、ただ後ろを振り向いたまま清算が終わっていないだけ。

その間にほかの人たちにおいていかれたことに孤独を感じているだけです。

黒田 なんで……あなたは分かるんですか?

夢野 なんででしょうね?

黒田 あなたと会話してるとなんだかいろいろと分かってくる気がしますよ。

夢野 そうですか? 私が言えることはあなたのそばには力になってくれる人がいることぐらい。たとえば愁崎さん、そしてもう一人―――。

 

SE:ドアベルの音

久野瀬が入ってくる。

 

久野瀬 トウジさん! いったいこんなところで何をしているんですか!

黒田 久野瀬!? 先生……。なんで……。

久野瀬 事情はあらかた愁崎さんから聞いてます。

あたしの原稿が燃えてしまったんでしょう。

黒田 本当に……すみません。謝っても謝りきれることじゃないですけれど……。

久野瀬 謝らないでください、あなたは悪くない。

黒田 そんなことはない! それは先輩がそう言っているだけで――――。

久野瀬 なんで悪くもないのに自分が悪いというんですか!

黒田 ……事実だからですよ。先生……早く戻って休んでください、あなたは病人でしょう。

久野瀬 そんなこと関係ない! 今はなんでトウジさんが編集をやめるのかって訊ねているんです!

黒田 だから、それは……。 僕が先生の原稿を……。

久野瀬 原稿の500枚や600枚すぐに書き直せま―(咳き込む)―っ!

黒田 ああ、もう言っているそばから。

 

黒田、久野瀬に近づき介抱する。

 

黒田 大丈夫ですか?

久野瀬 (咳き込んでいる)

黒田 まったく……(夢野に)すみません、席借りますね。

夢野 分かりました。それじゃあ、私はお水を用意しますね。

 

黒田、久野瀬を席に座らせる。

 

黒田 先生、薬は持ってきてますよね。

久野瀬 (咳き込みながら首を横に振る)

黒田 まったく……薬嫌いもいい加減にしてください。ここから近くに薬局があったはずですから、ちょっと買ってきますね。

(夢野に)すみませんが、見てもらっていていいですか?

夢野 はい、いいですよ。

黒田 すみません。

 

黒田、走って出て行く。

夢野コップに水をいれ、久野瀬のところまで持っていく。

 

夢野 どうぞ。

久野瀬 (咳き込みながら)ありがとう。

夢野 大丈夫ですか?

久野瀬 いつもの……ことですので。

夢野 そうですか。見たところ、喘息のようですね。そうだ、のど飴持ってきますね。

久野瀬 あ……結構です。

夢野 お構いなく、それじゃちょっと待っててくださいね。

 

夢野店のカウンターの下からのど飴を取り出す。

 

夢野 龍角散バリバリの、とってもノドに効くのど飴です。

(久野瀬に渡して)どうぞ

久野瀬 (受け取って)ありがとう……。(一粒なめて)ああ、なんかすっとする。効きますねこの飴

 

SE:ドアベルの音。

大宮が戻ってくる。

 

大宮 まったく……とんだ災難だったわよ……。

夢野 ああ、アカリちゃん、おかえりなさい。

大宮 ただいまリエコさ――(久野瀬を見て)……お、お客さん変わってない?

夢野 変わりましたね。

大宮 変わったって……ま、まさか。

夢野 大丈夫ですよ、ちょっと薬局にまで買い物をしに行っただけですから。

大宮 薬局って……睡眠薬とか買ってきたらどうする気なんですか!

夢野 あー、それは思い至りませんでした。

大宮 思い至らないじゃないですよ! あたしはもうアイツのようなことは――――。

久野瀬 トオジさんなら、私の薬を買いに行っただけで……。

大宮 トオジさんって……ああ、さっきの包帯の人の名前か。

久野瀬 包帯……? あの、包帯って……?

大宮 ああ、あの人の左腕にグルグルまかれてるじゃん、……見てない?

久野瀬 すぐに喘息が出てきてしまったので……。

夢野 なるほど、なるほど。

大宮 リエコさん?

夢野 (久野瀬に)やっぱり、あなたはあの人に必要な人なんですね。

久野瀬 え、……あの?

夢野 そして、あなたも……大丈夫ですよ、無理はなされなくても。あなたは甘えても大丈夫。

久野瀬 あなたは……。

夢野 あなたが悪いというわけじゃない、でもあなたが頑張るとあの人もその三倍はがんばってしまう。

久野瀬 ……。

夢野 そして、あの人が三倍頑張るとあなたもそのさらに三倍頑張ってしまう。

大宮 なにそれ……リエコさん。

夢野 お互いが頑張りすぎてしまう法則です。

大宮 うーん、それのどこが悪いの? それってえっと、なんていうか互いが互いを高めあってるし、良いことなんじゃないの

夢野 アカリちゃん。アカリちゃんは全力で走り続けたらどうなりますか?

大宮 そりゃ、疲れるますよ。今ももうへとへと。

夢野 でしょ、お二人とも全力で走りっぱなしなんですよ。

ですから、どこかで休まないと。

久野瀬 そう……でしょうか……。

夢野 そうですよ、それに全力で走り続けている時、もし転んでしまったらどうなりますか?

大宮 大怪我。

夢野 そうですね、分相応以上に頑張りすぎるほど転んだ時大変なことになってしまうんですよ。

互いの道が変わってしまい、すれ違いう、もしかしたら無くなってしまったりするかもしれません。

久野瀬 私は……トオジさんを苦しめていた……?

夢野 苦しめてなんていませんよ、ただ自分に精一杯だっただけです。

久野瀬 そうだったんですね……。(静かな間)マスター、コーヒー一杯もらえますか?

夢野 かしこまりました。どういうコーヒーが良いですか? 初夏の香りたつさわやかなコーヒーから濃厚どろりででろんでろんなものまでありますけど。

久野瀬 マスターが面白いと思ったコーヒーで。

夢野 面白いと思ったものですか、そうですね。それじゃあこの間通信販売で見つけたあの豆にしましょう。

大宮 リエコさんいつの間に通販なんて……。

夢野 私だってインターネットぐらいできますよ。

大宮 う、ううん、リエコさんってそういうの苦手そうだからちょっと意外だっただけ。

夢野 ……苦手ですよ、でも面白い名前のブレンドがあるってコーヒー仲間のジョニーナがいうから。

大宮 だ、誰ですかジョニーナって……それでどういう名前のなんですか? リエコさんのことだから店奥に置きっぱなしっぽいし、探してきますよ。

夢野 アマゾンの大地です!

大宮 はっ? あ、アマ?

夢野 アマゾンの大地です!

大宮 な、なんて名前……。

久野瀬(思わず噴出して)ぷっ……面白い名前ですね。

夢野 そうでしょう? 思わず買ってみたんですが、これがまたいい味なんですよ。

アカリちゃん、お願いしますね?

大宮 はいはい。

 

大宮店奥に入っていく。

すぐに見つけたのか確認の声が聞こえてくる。

 

大宮 リエコさんー! あったよー! 箱ごともってくるー?

夢野 (店奥へ)お願いしますー。

 

大宮、豆が入ったタッパーを持ってくる。

 

大宮 はい、お待ちどう様

夢野 ありがとうございます。それじゃ、淹れますね。

 

タッパーからコーヒーフィルターにコーヒー粉を入れる。

そして、フィルターの中に指を入れ、念じる。

 

夢野 はぁぁ!(コーヒーフィルターに指を突っ込み念じるように)……ラメーン。

 

久野瀬ずっこける。

 

久野瀬 変なことするんですね。

夢野 こうするとコーヒーはとても美味しくなるんですよ。

久野瀬 それは……知りませんでした。

大宮 もっともリエコさん限定の方法だけどね。

夢野 何を言っているんですか。アカリちゃんのは念じ方が足りないとなんども言っているじゃないですか。

大宮 念じ方って……この間は眉間にしわがよるぐらいやりましたよ。(久野瀬に)ほら見てくださいよ、ここ。

久野瀬 うっすらと後がありますね……。

大宮 でしょ。

夢野 そうですね。それじゃあ、後は愛、でしょうか?

 

扉が突然開く

そして、愁崎が現れる。

夢野は気にせずゆっくりお湯を入れている。

 

愁崎 その言葉を待っていたぞォ!

大宮 あんたはお呼びじゃない!

愁崎 またまたー。そんなつれないことを。

一緒に朝まで愛について語りつくそうじゃないか。

大宮 寄るな! 来るな! その顔で私に言い寄るなぁ!

愁崎 (シリアスに)照れなくても良いんだよ、アカリ

大宮 う、うぐぐぐ……。

愁崎 (まだシリアスに)さあ、アカリ。

大宮 うわあああああ、世界の馬鹿野郎―――ッ!

 

大宮また逃げ出す。

 

夢野 あらあら、また行ってしまいましたね。

久野瀬 あの、いいんですか?

夢野 いいんです、あと5%ってところですから

久野瀬 5%?

愁崎 さてと、俺もアカリちゃんの愛に応えるためにストトトトっと走るかね。

GO!俺!真っ赤な未来はすぐそこさ!

 

愁崎再び駆け出していく。

 

久野瀬 トウジさんのことを聞いて以来会いましたけど相変わらず……ですね。

夢野 いえ、あの人はいつでも変わっているんですよ。

久野瀬 それって……。

夢野 それは、秘密です。――――では、コーヒーも淹れ終わりましたし、どうぞ。

 

夢野がコーヒーを出す。

久野瀬、それを受け取り、砂糖をいれ一口。

 

久野瀬 美味しいですね。

夢野 ありがとうございます。ちょっと淹れる前に蒸らすのがコツなんですよ。

久野瀬 へぇ。

 

久野瀬、もう一口。

 

(間)

 

夢野 それで――――答えはでましたか?

久野瀬 そう、ですね。

 

久野瀬、コーヒーを飲み干す。

 

久野瀬 待ってみようと思います。あの人がちゃんと答えを出すまで。

夢野 そうですか。

久野瀬 変だと思わないんですか? 支えて上げるとか、隣にいてあげるとか言うのが普通だと思うのですが……。

夢野 変じゃありませんよ、それでいいんだと思います。

久野瀬 そう、ですか。(間)そう、ですね。

 

久野瀬、席を立つ。

 

久野瀬 なんだかすっきりしました。

ありがとうございます。

 

SE:ドアベル

黒田が帰ってくる。

 

黒田 先生、薬買ってきましたよ。

久野瀬 ありがとう、でも今は大丈夫です。

黒田 薬嫌いも大概にしてくださいって言ったばかりじゃないですか。

久野瀬 そうじゃなくて、今は調子がいいんですよ。

黒田 本当……ですか?

久野瀬 はい。

黒田 ならいいですけど……。

久野瀬 あ、お会計は……。

黒田 帰るんですか……?

久野瀬 ……はい、あなたが答えを出すまで待ってみようと思います。

黒田 ……そうですか。あ、会計は僕が持っておきますよ。

久野瀬 え、でも。

黒田 大丈夫ですよ、ここ普通に安いですから。

久野瀬 そうですか……ならお願いします。(出て行く前に)……失礼します。

 

久野瀬、店を出て行く。

 

黒田 ……彼女と何を話したんですか?

夢野 とりとめのないことですよ。

黒田 そうですか……。ありがとうございます。

夢野 どうしてお礼をいうんですか? 私は何もしていませんよ。

黒田 あなたからしたらそうなのかも知れません。でもあれだけ体調のよさそうな彼女は久しぶりに見ましたよ。

夢野 喘息と言っていましたが、ストレスが原因なんですか?

黒田 はい、親の反対を押し切って小説家になった人ですが、内側外側さまざまなところでストレスに浸り続けてた結果だそうです。

一週間前に原稿をもらったときなんてかなり酷くて、ホント無理をしていたのはあきらかだったんです……。

夢野 そして火事、ですか。

黒田 はい、原稿が燃えてしまったことは彼女にはいえませんでした。

これ以上彼女に心労を重ねさせて、喘息を悪化させてしまったらそれこそ編集失格です。

……いや、いっそ失格のほうがいいのかもしれませんが。

夢野 私にはあなたの選ぶ道を決定できる力はありません。

でもあなたがまだ全部話してくれていない、そうですね80%ぐらいしか話していないことは分かりますよ。

黒田 ……ホント、なんでも見通しているんですね。

夢野 違いますよ。ただ、その原稿の中身とその左腕、あなたは何も言っていないじゃないですか。

黒田 さっきの話の続きですよ。(原稿用紙を示しながら)こいつと、(腕を示しながら)これは。

夢野 やっぱりそうでしたか、その腕は火事のときに。そしてその封筒には原稿―――あなたが言っていた燃えてしまったという原稿が入っているんですね。

 

黒田 封筒を開く

中からは出てくる燃えかけた原稿用紙の束。

 

黒田 これだけはなんとか守りたかったんですよ。

何とか、僕の手で復元したいんですよ……。編集としてでしょうかね。いや、彼女の文章の一ファンとしてでしょうか。

夢野 それが、あなたが立ち止まっている理由ですか。

黒田 どうでしょうね……。たぶん、僕はこの原稿を復元したところでもう編集には――――。

夢野 戻れますよ。

黒田 何を根拠に。僕は逃げ出したんですよ……。

夢野 でも、戻りにいったのでしょう。原稿を取りに。

 

(間)

 

黒田 ……ハハ、あなたには敵わないや。

なんで分かったんです。僕が原稿を取りに火事の真っ只中であったオフィスにもどったことを。

夢野 簡単ですよ。わが身大事に真っ先に逃げ出した人が怪我を負うわけないじゃないですか。

黒田 確かに道理ですね。

夢野 あなたは一度立ち止まってしまったら、その道を進むという苦しみ、その場所から離れなければならない悲しみを知ってしまった。

黒田 社会の苦しみ、そして悲しみですか。

夢野 ええ、だから動けない。けれどもいつまでもその場所に居続けると道がカビて、腐っていくことだって。あなたは分かっているのでしょう?

黒田 ……本当に進めなくなるかもしれない、というわけですか。

夢野 そうです。ならば道が腐る前に早いところ用事を済ませて進んだほうが得策ですよ。

黒田 そうなのかも……しれませんが。

夢野 大丈夫、大丈夫。

黒田 ひとつ、いいですか?

夢野 なんでしょう?

黒田 あなたは「デイドリームペーパーバックライター」が続いて欲しいですか?

夢野 もちろんですよ。私はファンですから。

黒田 そうだったですね。

 

黒田、パソコンを片付け始める。

 

夢野 お会計ですか?

黒田 はい。100、あ、いえ200円でいいんですよね。

夢野 あ、いえ―(飲み残しの水出しコーヒーをみながら)―できればあちらの方々の分も。

黒田 分かりました。400円ですね(料金を支払う)

夢野 はい。領収書はどうしますか。

黒田 そうですね、変な言い方ですけど、記念にもらっていきます。

夢野 分かりました。

 

カウンターから領収書を取り出し書き込む。

その間に黒田は片づけを済ませている。

 

夢野 (領収書を書き込み)どうぞ

黒田 どうも。―――それでは、また。

 

黒田店を出て行こうとするがふと思い出したように立ち止まる。

 

黒田 忘れてた。僕のコーヒーまだ残っているんだっけ。

 

黒田、自分のコーヒーを飲み干す。

 

黒田 ごちそうさま、美味しかったです。

夢野 お客さん――――With coffee and luck! あなたにコーヒーとそして幸運を。――――グットラック!

黒田 ……グットラック!

 

黒田店から出て行く。

夢野出て行くのを確認し、食器を片付けていく。

ややあって、大宮が戻ってくる。

 

大宮 はぁぁ、ただいまーリエコさん。

夢野 おかえりなさい、愁崎とはどうでした?

大宮 ……相互和解ということで手を打たされました。なんだかやりこまれた気がしてならないですが。

夢野 そうですか。

大宮 そっちはどうだったんですか? あのトウジさんって人大丈夫なんですか?

夢野 大丈夫ですよ、ちゃんとコーヒーも飲んでいきましたしね。

大宮 あの苦そうなコーヒーを飲んでいくとは……リエコさんどんなことをしたんですか?

夢野 いつもどおりですよ、ミルクと砂糖を少々って感じです。

大宮 なるほど。

夢野 それじゃ今日はこのあたりでお店を閉めておきましょうか?

大宮 分かりました、それじゃ日計やっておきますね。

 

大宮、カウンターに回り、ファイルを取り出す。

 

大宮 本日の売り上げは?

夢野 ブルーマウンテンのイタリアローストっぽいものが一杯、水出しコーヒーが二杯、アマゾンの大地が一杯です。

大宮 しめて400円なり。

夢野 そして、歩き出した人が一人です。

 

夢野、カウンターからレコード盤を取り出す。

大宮がそれを見てレコードに針を戻す。

レコード盤がセットされ音楽が流れ出す。

夢野カウンターから看板をもっていき、店の外に掛けにいく。

 

明かりが落ちる。

音楽がフェードアウトする。

 

ラジオが流れてくる。

 

MCA ジャンクロール、最後まで聞いてくれてありがとう。

MCB それじゃあ、また来週!

AとB ラジオはAM1156、いいごろラジオがお送りいたしました。

 

SE:時報

 

NC お昼のニュースです。

 

明かりがつく。

喫茶店「グットラックコーヒー」

店内で夢野が文庫本を読んでいる。

 

 

NC 本日、「デイドリームペーパーバックライター」の続刊が発売されました。

各書店は平日というのに関わらず、多くの客で賑わいを見せています。

 

SE:ドアベルの音。

黒田が入ってくる。

やけどは治ったらしく、包帯はしていない。

 

 

NC 「デイドリームペーパーバックライター」の出版社、山原水社は一ヶ月前に発生した調理飯店の火災事故の被害を受けた会社の一つで――――。

(このたびの出版は燃えてしまった原稿を復元しての出版とのことです)

夢野 (ラジオをきって)いらっしゃいませ、お久しぶりです。

黒田 クローズの看板まだ出てたけど、大丈夫ですか?

夢野 大丈夫ですよ。

黒田 そうですか、じゃあ、少しあったかい席でお願いします。

夢野 かしこまりました。

 

夢野、黒田を中央の席に案内する。

 

夢野 ご注文はどうしますか?

黒田 水出しコーヒー一杯お願いします。

夢野 はい。すぐにお持ちしますね

 

夢野、カウンターへ回る。

作りおきの水出しコーヒーをコップに注ぎ、戻ってくる。

 

夢野 どうぞ。

黒田 どうも。ああ、そうそう。

夢野 どうしました?

黒田 今日、やっと久野瀬先生の続刊が発売されたんですよ。

夢野 「デイドリームペーパーバックライター」ですか! おめでとうございます。

黒田 はい、おかげさまです。それで(かばんから本を取り出し)これ、よければ貰ってください。

夢野 それは、もしかして。

黒田 「デイドリームペーパーバックライター」の続刊です。おまけに久野瀬先生のサイン付き。

夢野 本当ですか!

黒田 本当です。

夢野 本当に貰っていいんですか!

黒田 本当に貰ってください。

夢野 本当の本当にいいんですよね!

黒田 本当の本当にいいんです。あなたのおかげで発売出来たんですし、貰ってください。

 

黒田、本を差し出す。

夢野受け取る。

 

夢野 ありがとうございます!

黒田 こちらこそ、ありがとうございます。

 

SE:ドアベルの音

大宮が入ってくる。

 

大宮 リエコさん、おはよう――(黒田を見て)――あれ、お久しぶりです。

黒田 お久しぶり。愁崎先輩とは相変わらずなのかな?

大宮 あははは……あまり聞かないでください。

夢野 アカリちゃん! 聞いてください、見てください「デイドリームペーパーバックライター」の続刊ですよ!

大宮 へ? ああ、今日が発売だったけ?

夢野 お客さんが持ってきてくれたんですよ、それにホラ裏側! サインですよサイン!

大宮 リエコさんはしゃぎすぎ。うれしいのは分かりますけどね。

夢野 もううれしいってものじゃないですよ。額にいれて飾りたいぐらいです。

黒田 飾るのはいいですけど、出来れば先に読んでくださいよ。

夢野 もちろん読みますよ、読みすぎて裏表紙が取れたら額にいれて飾らせてもらいます。

黒田 たはは……そうしておいてください。

大宮 あ、そうだ。お客さんがいるなら看板はずさないと。

 

大宮看板を取りにいく。

 

大宮 これでよしっと。それじゃあたしは店奥で豆の整理してますね。

夢野 はい。よろしくお願いします。

 

大宮店奥に入っていく。

 

夢野 本当にありがとうございます。あとでお店が終わったらしっかり読ませてもらいます。

黒田 はい。

夢野 あ、そうだ。お礼というわけじゃないですけど、何か一曲リクエストありますか?

黒田 リクエストですか?

夢野 はい、なんでもいいですよ。レコード盤ならいっぱいありますから。

黒田 む、そうですね……じゃあ、コーヒーが楽しく飲める曲をお願いします。

夢野 分かりました。

 

黒田、ちょくちょくコーヒーを飲み始める。

夢野、カウンターからレコードを取り出し、レコードプレイヤーにかける。

 

夢野 (針を入れる前に)そういえば、コーヒーはおいしく飲めるようになりましたか?

黒田 ええ。おかげさまで。

夢野 そうですか――――。

 

夢野レコードプレイヤーに針を入れる。

音楽が流れてくる。

 

 

幕。